名古屋市昭和区の「愛と冒険の酒屋ハウディ」は100年続く酒店だ。酒類販売の規制緩和で、安売り店に改装して経営の危機を迎えたが、豊富な品揃えと確かな知識を基にした接客重視に路線変更したところ大人気になった。 いまは4代目の父親と5代目の息子がお互いを高めあうようにしのぎを削って店を盛り上げている。
名古屋市昭和区の酒店「愛と冒険の酒屋ハウディ」。店内にはビールや日本酒、ワインがずらりと並ぶ。
店主は4代目の奥畑広充(おくはた・ひろみつ 58)さんだ。
5代目の雄規(ゆうき 32)さんも父を手伝っている。
創業は大正11年(1922年)で、初代の平三郎(へいざぶろう)さんが店を開いた。2代目の貞子(さだこ)さん、3代目の進(すすむ)さんと続き、平成10年(1998年)から4代目の広充さんが店主を務めている。
店を継いだ広充さんを待ち受けていたのは「規制緩和」だった。4代目の奥畑広充さん:「継いだ時は(酒類販売の)免許が自由化になる直前ですね」かつて酒は販売免許を持つ酒店でしが取り扱えなかったが、平成10年度(1998年度)から規制緩和が始まり、スーパーやコンビニなどで購入が可能になった。その影響を受け、多くの酒店が廃業に追い込まれた。
広充さん:「その時ちょうど、ディスカウントのブームがありまして、我々もディスカウントの業界に身を置いてみようと」ハウディは時代の流れに乗って、大量仕入れで低価格を売りにするディスカウントストアに改装した。
しかし、待っていたのはさらなる試練だった。広充さん:「自分がディスカウントを始めて数年たってから体調を崩して、大きな手術をすることになったんです」
忙しさと跡を継いだストレスが重なって胃に腫瘍ができ、手術をすることになった。
その後、健康を取り戻した広充さんは、考えをガラリと変えた。広充さん:「“圧倒的な品揃え”と“接客”。これで、お客様に満足していただけるような環境を作ることですね」価格勝負をやめ、“どこにも真似できない品揃え”と“痒い所に手が届く接客”で、オンリーワンの存在になろうと決めた。壁一面に並んでいたソフトドリンクやビールは、自然派ワインと呼ばれるこだわりのワインに変えて“圧倒的な品揃え”を実現した。
すると、目当ての品を買いに、客が遠くからもやってきてくれるようになった。男性客:「オーガニックワインやナチュラルワインを探していて、(この店を)見つけたんですよ。その括りでこれだけ商品数あるところはなかなか無い」
そして、もう一つのこだわりの「接客」はプレゼンスタイルにした。広充さん:「どんな感じの赤ワインがいいですか?」男性客:「濃い…」広充さん:「濃いめで。こっちはブドウを木の上でそのまま乾燥させて作っているので、糖度が高いんですよ」
一緒に訪れた女性:「これは1本買おう」広充さん:「ありがとうございます」客の要望を聞いて、スタッフがプレゼンをする。
別の男性客:「わからんでね。だもんで、こうして教えていただいて」また別の男性客:「いろいろ教えてもらいながら買うのが魅力だと思います」また別の男性客:「わからないことは聞いた方が早いもんね。失敗したら『失敗したぞ』って怒る。良かったら『良かったよ』って言えるし」日本酒の接客担当は、5代目の雄規さんだ。
女性客:「おでんと一緒に飲む日本酒を探しに来たんですけど」雄規さん:「そうなるとほぼほぼ(お米を)磨いていない、まんまの状態なんですけど…」おでんに合う日本酒ということで雄規さんが用意したのは、お米そのものの味を強く出すため、ほとんど精米してない珍しい酒「香取 純米90」(1375円)だ。
雄規さん:「千葉県の寺田本家さんというところのお酒なんですよ。普通の日本酒と違って」女性客:「香りが違う気がします、全然。いつも飲んでいるのと」雄規さん:「無農薬のお米で、手を加えずに自然のまま。雑味や旨味成分がそのまま残っている」女性客:「1本いただこうか」雄規さん:「ありがとうございます」男性客:「いつ来ても珍しい物もあるし、おいしいものを教えてくれるのがいいなと思っています」店名には「愛と冒険の酒屋」というフレーズがついている。「愛と冒険」に込められた思いを聞いた。広充さん:「われわれの商品に対する“愛”とお客様に対する“愛”。“冒険”というのは、お客様に色々なワインや日本酒を今まで経験していないところに、もう一歩足を踏み込んでいただきたいという思いですね」
人気は酒だけに留まらない。珍しい調味料やつまみも店のウリだ。男性客:「ヒカリソースっていう、おいしいです。何がいいかとか説明がつかないんですけど、うまいこと表現できないんですけど好きです」濃厚な味で人気のウスターソース。
別の男性客:「一番これがずっと好きで。ステーキスパイス、最高ですね。(店内を)見ているだけでも楽しいです」
客からは楽しそうな声が聞こえてくる。店内には、珍しい調味料やおつまみが揃っている。中でも4代目のおすすめは「白カビサラミ」(1610円)だ。広充さん:「スペインの白カビサラミです。白カビが覆っていることによって、塩分控えめで旨味もある」
試食した客からも好評だ。男性客:「ちょうどいいしょっぱさ」女性客:「おいしいです。クセとか全然ないです」ほかにもパン専門店が作った、大きくて薄いチーズせんべい「パリパリチーズ」(1058円)や…。
生ハムの様な食感の「食べる削り節」(821円)など、広充さんの目利きでセレクトした商品がたくさん揃っている。「オンリーワン」の店づくりは成功しているようだ。
2022年には、少し離れた場所にワインの店もオープンした。
自然派ワイン専門の飲食店「自然派ワイン酒場 ホイリゲハウディ」だ。
この店には広充さんの戦略があった。広充さん:「酒屋の場合は、ワインをご自宅で飲まれるためにご購入される。こちらはその日の1日を締めくくる楽しみを求めてくる方が多いので、全くお客様は違います」
外食を入口に来店へとつなげる作戦だ。
新たな分野に挑戦しつつある「跡継ぎ」を育てたのが、3代目の進さん(87)だ。この日、息子と孫の仕事ぶりを見に店にやってきた。
一家には、代々受け継がれてきた「モットー」がある。3代目の進さん:「初代からの伝統が、とにかく『お客様へ親切にしろ』。お客様があって、従業員の人が頑張ってやってくれているから、店が成り立っている」“接客こそ命”の考えは、先祖代々の教えだった。その「接客」の実力を、3代目がチェック。ワインが得意な4代目と、日本酒が得意な5代目が、3代目を客に見立てての“プレゼン対決”だ。
日本酒担当の5代目・雄規さん:「これは岡崎市の柴田酒造さんというところの蔵。神水(かんずい)ってお水を使っていまして、ものすごく柔らかいお酒です」
進さん:「軽い感じがして、飲み口がきれい」雄規さん:「どんなお料理、和食でもいいですし、料理の邪魔をしない味わいになっています」ワイン担当の4代目・広充さん:「こちらですね、ニュージーランドのゲヴェルツトラミネールというブドウを使ったワインになります。ライチとかバラの香りがする、アロマティックなワインなので」
進さん:「甘くてすっと切れがいい」広充さん:「香りはどうですか?」進さん:「華やかな香り」
進さんの心に響いたのは4代目か5代目か。広充さん:「ハートにグッと刺さったのは?」進さん:「雄規のが刺さった」雄規さん:「ありがとうございます」判定は、5代目の勝ちだ。
広充さん:「修業し直して参ります」進さん:「日本酒の特長を私に説明してくれて、僕にはよく理解できたし、なかなかいいなと」初代から大切にしてきた客への「愛」は、しっかりと受け継がれているようだ。
広充さん:「今後、どんどん時代が変わっていく中で、お客様と一緒に明るい将来を作って行けたらと思っています」
雄規さん:「小さいながらも100年続いて来たので、絶やすことがないように、僕の代でしっかり次に繋げられるように、会社としての基盤もしっかりしていきたい」2023年5月18日放送