「君の名は。」、「天気の子」の新海誠監督が3年ぶりに手がけた長編アニメ映画「すずめの戸締まり」が大ヒット公開中です。少女・岩戸鈴芽(すずめ)が、災いのもとである「扉」を閉じながら日本を縦断する物語です。今回沖縄を初めて訪れた新海監督は、自身の作品の基軸となっている自然災害に対する独特の見方や作品の着想のきっかけを明かしてくれました。また、沖縄の印象については「神様」という言葉を使って表現しました。(聞き手=フリーライター・たまきまさみ)大ヒット公開中の新海誠監督作品『すずめの戸締まり』より。2022「すずめの戸締まり」製作委員会 1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人で制作した短編アニメ作品「ほしのこえ」でデビュー。「君の名は。」(16年)は日本アカデミー賞でアニメ作品として初めて優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。「天気の子」(19年)はインドで公開を希望する署名が集まり、日本のオリジナルアニメ映画として初となるインドでの劇場一般公開が実現した。「すずめの戸締まり」は全国東宝系で公開中。
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最初の物語のきっかけというのは、いくつかあります。僕は、地元が長野で、育ったのが長野県の山の上の方の田舎なんです。時々長野に帰ると、人がどんどん少なくなっているなと。記憶にあった頃よりも空き家も増えて、人間の住むエリア自体がどんどん縮んでいっているなという実感があったんですよね。
自分の地元だけではなく、例えば東京にも空き家は増えています。あるいは他の地域に舞台挨拶で行っても、いわゆるシャッター商店街が目立つようになってきています。この先、日本の風景はどういうふうになるのだろうとぼんやり思うことが最近増えてきたんです。それが、ひとつのきっかけになりました。
映画「すずめの戸締まり」は主人公の女子高校生、岩戸鈴芽が「閉じ師」の青年、宗像草太との出会いから始まります。物語の軸を支える「閉じ師」という現実には存在しない職業をどのように着想したのかを新海監督が明かします。大ヒット公開中の新海誠監督作品『すずめの戸締まり』より。2022「すずめの戸締まり」製作委員会大ヒット公開中の新海誠監督作品『すずめの戸締まり』より。2022「すずめの戸締まり」製作委員会
人がいなくなってしまった場所というのは、この先どうなっていくのだろうと。人間が亡くなった時にはお葬式があって、その人を悼むという行為をみんなが行います。でも、場所がこんなふうに人間のものではなくなっていく時には、人間は何をするんだろうかと。ふとそういう時に疑問に思って。現実にはほとんど何もしない場合が多いと思うんですけれども、ただ単に朽ちていくという。自然に還っていくということが多いのかもしれません。
でもその人間を悼むのではなく、場所を悼むような仕事があるのだとしたら、そういう職業があるとしたらそれはどういう職業なんだろうな。それはアニメーションになるかもしれないと考え始めたのが、最初のきっかけの一つですね。
body{font-family:Arial,sans-serif;font-size:10pt;}.cf0{font-family:Meiryo UI;font-size:9pt;}.cf1{font-family:Meiryo UI;font-size:9pt;}.pf0{}映画の中に時折出てくる、廃遊園地や忘れられた土地に痛みを感じながら、沖縄の景色を重ねながらみました。
なるほど。そんなふうに見ていただけたならうれしいですね。ありがとうございます。
コロナ禍での制作作業 完成した作品を初めて見た時、どんな気持ちになりましたか。
制作期間は2年半、3年弱ぐらいですかね。前作が「天気の子」という映画を作りました。あれが2019年の夏に公開しました。大体その年明けまで公開していました。
そして、2020年の頭ぐらいから、そろそろ次の映画を作り始めなければと思って企画を考え始めました。2020年の頭、ちょうど日本ではコロナ禍が始まったぐらいのタイミングでした。映画が完全に完成したのが去年の夏の終わりぐらいですかね。2年半ぐらいですかね、かかった期間としては。
ある日急に完成するわけでもなくて。完成するまでにそれこそ何百回と繰り返し繰り返し見て微調整していきます。ここまできたから終わりというわけではなくて、基本的にここまでしか作ることができないからそこでやめるんですね。ですので、完成したという気分ではないですよね。ああ、締切だな。ここまでだという気持ちの方が強いですね。そんな気分でした。
すいせいの落下がテーマの「君の名は。」、科学文明の英知が詰まった近代都市が水に沈む「天気の子」と、新海作品は自然災害が一貫したテーマです。作品の基軸となる自然災害と人間の関係について、新海監督が独特の自然観について語ります。映画『すずめの戸締まり』について語る新海誠監督=2023年1月21日、ナハテラス災害は人の存在が前提 作品の中で「人の心の重さが土地を鎮めている」というセリフがあります。ミミズ(災いをもたらす赤黒い奔流)が表しているひずみはどのような存在なのでしょうか。
人の心の軽くなった場所に扉が開くんだみたいな、そのセリフは確かに(閉じ師の)草太が最後に言いますよね。そのセリフを書くときに、なんとなく考えていたのは、人間の生活も自然も災害も全て関わり合いの中で起きている現象だなと思いながら書いたセリフなんですね。
例えば、その人間が住んでいて、そこに災害という現象が襲いかかってくるというイメージがなんとなくあります。ゴジラのように災害が僕たちの元にやってくるという。実際は災害というのは、そこに人間がいるから災害なわけですよね。人がいなければ雪崩は雪崩ではないし。台風は台風という現象なんでしょうけど、人がいなければそれはただの強風だったりするわけですよね。自然現象なわけですね。人間がいて初めて災害になると。
災害を防ぐとか起きないようにするとか、防災のような行いというのも、すみません、なんかうまく言えないんですけれども。今言ったような意味では、災害の原因のひとつも人間なわけですよね。
コロナ禍にしてもそうですよね。いくつもの理由でコロナ禍の原因って人間なんだと思うんです。人間がその場に存在していなければ、それはもともと野生動物の間にあった風邪のような、野生動物の中での病気だったんでしょうから。人間がいることでそれが災害になったんでしょうし。
そういうことを考えながら、災害が人間とは関係のない独立した存在だから完全に無くすことができるというものではないんだなと。そういうことを考えながら、人の心の重しがなくなったところに災害が見えやすくなるようなというような感覚でそのセリフを書いていたような気がします。ちょっとあまりはっきりとした答えじゃなくて恐縮ですが。
スタッフの才能の賜物 災害というテーマと主人公の鈴芽が各地を移動しながら成長していく物語の中に、忘れられた場所、土地に留まった記憶や思い、人と人との心のつながりや温かさ、自然という人間の手ではどうしようもないものの中で生きている日常に意識が向かいながらも、非日常の町と自分が生きている現実を行き来している不思議な感覚になりました。このような感覚に観客を引き込む表現の工夫は何かあるのでしょうか?
工夫しているところがあるかどうかは難しいところなんですけど。やっぱりそれはビジュアル表現とか、音響の表現をしてくれているスタッフの努力と才能の賜物だと思うんですよね。廃遊園地のようなものにしても、神戸のシーンで出てきますけど。あれは架空の場所なんです。でもいかにもあってもおかしくないようなデザインをして、それをその実際の空間として3DCGでまず全部の空間を作っているんですね。
その廃遊園地の空間を作って、ですからアニメーションって一枚一枚手で描く絵ですけど。絵に描く前に、全てその都市計画のように3DCGでモデルを作るんです。そこで架空のカメラを動かしながら、主人公の鈴芽やミミズや(草太が姿を変えられた)椅子のアクションを設計していったので、そういう丁寧な組み立て方を一緒にしてくれたスタッフの力量が「あ、本当にありそうな世界だな」というふうに観客に思わせてくれたのなら、彼らのおかげだなというふうに思います。
大ヒット公開中の新海誠監督作品『すずめの戸締まり』より。2022「すずめの戸締まり」製作委員会 あとは僕たちの日常生活を送っているエリアって、意外にこじんまりした狭い範囲なんじゃないかなという感覚もあるんですよね。僕は長野県の田舎で先程申し上げましたけど、その時ってこう、今実家に帰ると人の住んでいるエリアって昔よりさらに小さくなっています。でも昔はもっと賑やかな場所ではあったけど、でもやっぱりその人間の住んでいる場所の少し外側にいくと、全然違う世界があるという感覚はあったんですよね。
海底にある未知の世界 山にはきっとまだ見たことがないような生き物がいてもおかしくないというふうに、子どもの頃には天狗のような生き物とかそういうのって容易に想像できたし。それはこうものすごく広い空間に、人の住んでいない広い場所がすごくたくさんあるからです。八ヶ岳みたいなものを眺めていても、ものすごく巨大な物体じゃないですか。山、山脈というのは。人が一度も足を踏み入れていない場所もたくさんあるんでしょうし。そこには見たことなような世界があるんじゃないかなというふうに子ども心に思っていたし。
僕は海を見て育ったことはないですけれども、例えば沖縄のように海が近くにある場所で育ったんだとしたら、僕は海を眺めるたびに、きっと海の底にある世界を想像していたような気がするんですよね。
本当に何千万、何億という生き物がうごめいているわけじゃないですか。人間より体の大きなものも、たくさん暗い水の下にはいるわけで。僕たちは本当に自分たちの日常を送っている場所から少しだけ外に出るとそういう世界がすぐ裏側にあるわけですよね。すぐ隣にあったりするわけですよね。
日常と非日常の往復 でも、普通の学生生活とか普通の社会生活を送っていると、人間の場所だけで暮らしているから、その中だけに生活があるから、「すずめの戸締まり」で描いたような日常とそうじゃない場所の往復みたいなものというのがないわけですけれども。でも、実際にもそういう日常ではない場所というのはすぐ隣にあって。そういうのって肝試しみたいなもので、ちょっと日常から外れた経験をしてみたりとか。子どもだったら冒険に出てみたり探検に行ってみたりというところで、そういうところをこう人間の住んでいる日常を送る場所じゃないところの場所の空気を実感するということを子ども時代はみんなやってきたと思うんです。
新海監督は今回が初めての沖縄訪問でした。那覇空港から取材場所である那覇市内のホテルに到着するわずかな時間で感じた沖縄の印象を語ります。新海監督の口にしたのは「神様」という言葉でした。その言葉の意味とは。 そういう肝試しとか冒険するような感覚というのは、すずめの絵コンテとか脚本を書いている時にも、そういう感覚を思い出しながら書いていたような気はしますね。ですから、そういう感覚がもしかしたら、ご質問にあるように日常とそうじゃない場所に行って日常に戻ってくるような感覚というのを感じていただける理由になっているのかもしれないです。実際にミミズがいるような世界があったりとか、ああいう世界が実存しているわけではもちろんないんですけどね。あれはファンタジーの想像力の話ではあるんですけど。
大ヒット公開中の新海誠監督作品『すずめの戸締まり』より。2022「すずめの戸締まり」製作委員会沖縄は違う神様がいる場所 沖縄のファンの方々にメッセージをいただけますか。
今回初めての沖縄でして、この取材が初めてなので風景も見ることができていないし、空港からここまでの道のりの風景を見ただけなんですけど。ただそれでもやっぱり、はっきりと空気も違うし風景の手触りも違うなというふうに思いました。なんかこう、違う神様がいる場所なんだなという感覚がありました。
屋根の上にいるシーサーであったりとか、ああいうものを僕は映像でしか見たことがなかったので。神様というとちょっとスピリチュアルになりすぎちゃいますけど。関東や長野県あたりとかとは違う自然の場所で、違うものの感じ方で育っている人たちが沖縄なんだなというふうにすごく思いました。なので、僕が興味があるのは「すずめの戸締まり」という映画を沖縄の皆さんが見た時に、何を感じていただけるのか。どういう感想を持っていただけるかというのがすごく知りたくてこちらに舞台挨拶にお邪魔したりしたので、できれば映画を見ていただいて、どういうふうに感じたというのをなんらかの形で教えていただければすごくうれしいなというふうに思います。
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インタビュー後記 映画を見て、頭で考えながらストーリーを追うというよりは、子どもの頃のように体に伝わる感覚をもって涙が出たり、心の感じるままに捉えたりしながら作品の世界を楽しんだように思いました。
でも。だからこそ、新海監督にお話をうかがうにあたり、「質問を考える」という形式的な作業はとても難しく感じました。それもあって、感覚的に感じたことを思うままに聞きたくて尋ねた質問では、新海監督を困らせてしまう場面もありましたが、言葉を選びながらも答えを探してくださいました。
もともと廃墟が好きなので、朽ちていくその空間のやるせなさだとか、かつて人がいた残像の気配だとかに思いを馳せることが日常的にあったので、新海監督のお話にある「場所を悼む」という表現は興味深く、これから廃墟を眺める時の心境に新しい要素が加わったように感じました。インタビュー冒頭は、逆インタビューされる貴重な経験もして、記憶に残る取材になりました。(フリーライター・たまきまさみ)
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