故郷を盛り上げたい…半世紀以上オリジナルブランド牛を飼育「ここを“一流の田舎”に」73歳牧場主の挑戦

愛知県設楽町の高原で、オリジナルブランドの牛を半世紀以上に渡って育てている男性がいる。高原の涼しさと美味しい水、そしてこだわりの配合飼料で育てられた牛肉は、併設のレストランに多くのリピーターを呼ぶ人気になっている。
愛知県設楽町の中央に位置する、標高1153メートルの鷹ノ巣山(たかのすやま)、通称・段戸山(だんどさん)。
その山麓の高原にあるのが、たけうち牧場だ。
牧場主は、竹内通王(みちお)さん、73歳。
11棟の牛舎で、約500頭の牛を育てている。
たけうち牧場のオリジナルブランド「段戸牛(だんどぎゅう)」だ。
段戸牛は、牧場のとなりにあるレストラン「農園レストラン&BBQ ばんじゃーる駒ヶ原」で味わうことができる。
このレストランのオーナーも、牧場主の竹内さんだ。
竹内さん:「サーロインは、みなさんに味わっていただきたいです」竹内さんのオススメはサーロインステーキで、室温に戻したサーロインを低めの150度の鉄板に乗せ、じっくり焼く。味付けは塩コショウだけ。
4分焼いて、裏面は2分、側面にも軽く火を入れてミディアムレアに焼き上げ、完成だ。
「サーロインステーキセット M」は150グラムで3500円。ライスやサラダ、香の物、スープがつく。
柔らかさと噛み応え、相反する食感を同時に叶えつつ、口に広がるのはしっかりとした赤身。そのあとに程よく脂の甘みが加わり、幸せの時間へといざなう。
女性客:「柔らかい。おいしい、とっても」別の女性客:「かんだ瞬間が違うね。脂があっさりしてる」竹内さん:「本当にきめが細かくて柔らかいんです。それと、脂の融点がすごく低いものですから、さわやかに口の中でふわっと溶けて、牛肉特有のうまさがうわっと広がってくるというのが特徴です」決して交通の便のよい所ではないが、2人に1人はリピート客という人気ぶりで、多くの人に慕われている。
「段戸牛」はなぜおいしいのか、竹内さんに聞いた。竹内さん:「標高900メートルの高原で、おいしい水を飲んで育った牛。若い雌牛であること。若いんですけど内容を充実させるために、26か月齢ぐらいまで持っているんです」朝の仕事は、牛たちへのエサやりだ。ひとつは牧草や藁を乾燥させたもので、特別変わったものではない。
竹内さんがこだわっているのは、もうひとつのエサだ。竹内さん:「これが配合飼料です。とうもろこし、ふすま、大豆の皮、大麦も入っていますし、米も入っています。こういう内容で作ってくださいということで、お話しをしています」
たけうち牧場オリジナルのエサだ。竹内さん:「米を入れてみたかったんですよ、飼料米をね。米を入れて(食べさせた牛の)食味だとかなんかも、ちょっと調べていたことがありまして」肉質を上げるためにベストなエサは何か、改良したエサが正しかったのか、わかるのは出荷したあとだ。竹内さん:「本当に時間ばかりかかっちゃって、毎年1年生のようなこともやっています」工夫はほかにもあった。竹内さん:「これまあ、あまり言いませんけど、酒粕飼料ですけどね」
いわゆる酒粕だ。竹内さん:「愛知県の食品工業試験場に持ち込みまして、脂肪の融点が下がったこと、それからうま味成分であるイノシン酸が増えたこと、それがデータで出てきました」専門機関にデータを出してもらい、自分がやってきたことが正しかったのかをチェックしたという。
50年以上繰り返してきたスパンの長いルーティーンで、今の味を実現した。しかし、エサ以上に大切なモノがあった。竹内さん:「やっぱり水の良さっていうのは、おいしいお肉の要素のひとつだと思います。ここは地下水を。きめが細かいですね、ここの水は。成分的に悪いものも入ってないし、いい水だと思います。標高が高いもんですから、気候のメリハリ、冬寒いんです。おいしい養分をグッと体内に貯えるんですよね」段戸山の伏流水を汲み上げた地下水や、高原の寒暖差により、肉質が良くなるという。
さらにコストはかかるが、一般的な牛より長く26カ月以上育てることで、肉の締まりが良くなるそうだ。
竹内さん:「(牛をなでながら)甘えが上手な子とか色々いて…よしよし。甘え上手な子は得だよね」毎日欠かさず、長く面倒を見るので、想いもひとしおだ。竹内さん:「もうちょっと、本当は大きくなってもよかったのに、そうじゃない子もいるんですよ、中には。だから『ちょっと申し訳なかったかな』『自分たちの愛情がちょっと足らなかったかな』とか、そういうことを思うときもありますね。これ一応、産業動物とはいえ、やっぱかわいがって育てちゃっておるんですけど」
竹内さんが段戸牛の飼育をはじめたのは、ふるさとに対するある思いからだった。竹内さん:「第二次世界大戦後に、中国大陸へ行っていた人たちですとか、そういう人たちが引き揚げてこられて、私の両親がここへ入ってきたみたいですね。駒ヶ原が好きでここをなんとかしたいなって、ここを“一流の田舎”にしよう、自分は一流の田舎になってほしいなって思うから」
竹内さんの両親は、20ほどの家族と共にこの地に根を下ろし、キャベツやイチゴなどを育てて、農業で生計を立てていた。
竹内さんもこの地で生きていくことを決意するが、彼が注目したのは畜産だった。竹内さん:「こういう立地を活かさんでどうすんだ。すばらしい高原の土地、高原の冷涼な気候は、すばらしいなと思います」このあたりは標高900メートルの高原で、夏の平均気温が約20度と涼しく、暑さが苦手な牛も快適に過ごすことができ、さらに水もおいしく、畜産には最適な環境だった。
そんな場所でオリジナルブランドの牛を育て、さらに地産地消のためレストランを作ることで、父が開拓したこの地を多くの人に知ってもらおうと考えた。竹内さん:「食べていただいて、お口の中で脂がふわっと溶けちゃうんで、本当に胃にもたれるってことはないと思うんです。そういうのを味わっていただきたいなと思います。段戸牛をもっともっとたくさんの人に知っていただきたい。そんな思いで、ここの生産現場の近くまで足を運んでいただいて、ここで召し上がっていただきたい」そして客だけではなく、地元で雇用も生み出していた。料理長の菅三生さん(豊田市在住):「1400名泊まれるホテルがあって、そこの料理長として和・洋・中の統括で全部やって。僕はおいしい肉を求めて探していたときに、すばらしい牧場主とここの段戸牛と出会って」
スタッフ(豊田市在住):「自然がよく空気がやっぱ違いますね、綺麗で。バイト先としても、環境がすごく良くて」
牛で手ごたえをつかんだ竹内さんが、地元を元気にする活動の一環として立ち上げたのが「丸太小屋づくりプロジェクト」だ。
竹内さん:「アウトドア好きな人とか、丸太小屋が好きな人だとか、興味のある人たちに呼びかけをしまして、月に1回ここに来て『みんなで丸太小屋を作りませんか』『この地域を盛り上げて行こうね』っていうそんな感じですね」都市部からの人たちを受け入れ、竹内さんのふるさととのつながりを深めている。
73歳の竹内さんの挑戦はまだまだ続く。竹内さん:「1世の人たちがここで開拓の鍬(くわ)を下ろして、私たちはそれを背中で見ているわけなんですけど、せっかくのこの地だから次の世代につなぎたいし、その次の世代はもっともっと明るい未来が約束されているといいなということを思います」2023年5月25日放送