ヤマハ発動機の「グリスロ」とは? ランドカーが地方や観光地の未来を明るく変える!

最近は過疎化や都市部への人口集中によって、公共交通機関の維持が困難となっている地域が増加している。

高齢ドライバーの交通事故がたびたびニュースになるが、高齢者としても車以外の移動手段がない以上、免許は返納しにくいのが現実だろう。観光地のケースで言えば、公共交通機関が弱体化することによって街全体が経済的打撃を受ける可能性もある。

そういった移動の課題を解決する手段として近年注目を集めているのが「グリーンスローモビリティ」、通称「グリスロ」だ。

今回は、日本におけるグリスロの先駆者であるヤマハ発動機でこの事業に取り組む、 新事業推進部 LSM事業推進グループの森田浩之さん、野原真理子さん、増井惇也さんに、グリスロが持つ未来の可能性について話を聞いた。

○ヤマハ発動機が注力する「グリスロ」ってなに?

――まず、簡単な自己紹介をお願いします。

森田:私は2005年にヤマハ発動機に新卒入社し、最初は主にオートバイの制御システムの開発などを担当していました。2015年頃からヒト型の自動二輪ライディングロボット「MOTOBOT」の開発に携わったり、オートバイ用のテレマティクス保険の企画に関わったりしながら、現在はグリスロの事業企画を担当しています。

野原:私は2008年に新卒で入社し、まずは人事部に配属されました。2014年からオートバイの安全に関わる安全技術研究部に異動して、事故の分析や研究開発などに携わっていたのですが、2021年に現在の新事業推進部に異動し、森田のもとでグリスロを使った観光地向けビジネスなどを考えています。

増井:私は中途採用なので、ヤマハ発動機歴はまだ1年5ヶ月程度。前職は自動車会社で、コネクテッドカーを普及させる企画などを担当していました。現在は森田のもとで、高齢化が進んでいる地域でのグリスロを活かした新しい移動手段に関する事業を企画しています。

――そもそも「グリスロ」とは何か、改めてご説明いただけますか?

森田:グリスロは「グリーンスローモビリティ」の略で、国交省の定義では「電動で、時速20km未満で公道を走る4人乗り以上のパブリックモビリティ」となっていますが、ヤマハ発動機はそこにさらに「スモール(小型)」と「オープン」をプラスしました。ゴルフカー開発の知見を使った「ランドカー」をベースに採用し、公道で走れるようサイドミラーやウインカーなどをもろもろ取り付けています。

――ヤマハ発動機がグリスロに取り組みはじめたきっかけについてお聞かせください。

森田:スタートは2014年、石川県輪島市の市街地で行った実証実験が始まりでした。その当時、お客様から「ゴルフカーを街中で走らせられるんじゃないか」と提案いただいたことがキッカケです。

国としても、ちょうどカーボンニュートラルでEVを普及する必要があったり、全国的に公共交通機関が衰退しているという背景などもあったので、「じゃあ、我々もやってみよう」ということで始まりました。そこでの実績もあって、グリスロが正式に国交省でもカテゴリーとして設定され、今に至っています。
○地域でも観光地でも活躍するグリスロ

――ヤマハ発動機様がグリスロに取り組むうえで、「ランドカー」を使うことの強み・特徴を教えてください。

野原:まず、ヤマハ発動機のゴルフカーは、50年近い歴史と実績を持つという強みがあります。またヤマハのグリスロは「スモール」で「オープン」なので、狭い道も楽々通れますし、ドアに囲われていないから乗り降りが簡単という特徴もあります。その影響で気分も開放的になり、移動中に通行人の方々と会話をするケースも多く、地域のコミュニケーションの促進にも役立っています。ドアがないことで、観光地の空気を五感を使って楽しめるという魅力もあると思います。

増井:高齢者の方に運転してもらう機会もありますが、操作系統もシンプルにできているので、初見の方でも計器が苦手な方でも運転しやすいというのも特徴的ですね。公道をランドカーで走っているだけで街中の話題になりますし、普通自動車と違って、乗るだけでアトラクション的な楽しみ方ができるのも魅力だと思います。

――実際に、地域に「グリスロ」を導入した実績や事例についてご紹介いただけますか?

野原:観光という視点で言えば、現在は沖縄県北谷町でチャタモビ合同会社と一緒に実証実験を行っています。実験と言っても、すでに一般の観光客の皆さんに有料で利用してもらっているので、ほとんど実装に近い状態ですね。

具体的には、遠隔監視・操作型自動運転(自動運転Lv2相当)を使った定時・定ルートの乗り合いバス的な移動サービス「美浜シャトルカート」や、4人乗りのランドカーを時間貸しでレンタルし、設定したエリア内を自由に観光してもらう「ミハマシェアカート」を実施しています。また、ソニーと協業で車体にMR(複合現実)などのエンターテインメントの要素を付け加えた「Sociable Cart(ソーシャブルカート):SC-1」なども走らせていますね。

増井:沖縄は観光としての利用ですが、地域における公共交通の維持や高齢者の移動手段の確保といった課題の解決にも取り組んでいます。移動の不便を強いられる地域に住んでいると、高齢者を中心に引きこもりがちになってしまいがち。便利に移動できるソリューションを作り、外出機会を増やしていただきたいという思いがあります。

高齢者の外出機会が増えることで街自体が元気になるかもしれないし、外出中にコミュニケーションを取ることで、心身ともに健康になるかもしれません。実際に、“移動と健康の関係性”については、千葉大学予防医学センター様と共同で、大阪府の河内長野市や奈良県の王寺町で検証を行っています。

具体的には、地域の拠点となっている地元のスーパーマーケットを発着地点として定時・定ルートで運行したり、タクシーのように配車できるデマンドサービスなどをご利用いただきました。奈良県王寺町では、電動カートの運転手などのグリスロの運営も地域に住むボランティアの方が担当していますし、オープンなランドカーなので移動中に挨拶をしたりと住民同士のコミュニケーションが生まれています。導入前後で比較してみると、グリスロ利用者の約95%は日々のコミュニケーション回数が増えたなど、主観的な健康指標に好影響が出ていますね。
○グリスロのスタートから約10年、現在までの変遷と今後の展望

――サービス開始当初と現在を比べ、普及状況や取り組み方、関わる方の反応など、どんな変化がありましたか?

森田:まず状況の変化としては、すでに全国で100件以上グリスロを走らせてきました。この10年で問い合わせが増えたり、取材依頼をいただいたり、部品メーカー等からもいろんな提案をもらったりなど、良い変化を感じています。

取り組み方としては、簡単に事業として成り立たせるのは難しいと感じているので、共に社会課題の解決にあたれる仲間づくりをしています。競業会社も増えていますし、千葉大学予防医学センター、街づくりのコンサル会社、観光ハイヤー会社、観光バス会社、JAFなどとも協業しています。

運行サービス事業は、運賃だけでは採算を確保するのが困難です。目的地への移動だけでなく、プラスアルファの価値でなんとかマネタイズできるよう、ヘルスケアの副次的効果をアピールしたり、観光地でのエンタメ性などにも注力しながらチャレンジしています。

――ヤマハ発動機のグリスロの将来の可能性についてお教えください。

森田:欧米を中心に、以前から“ウォーカブル”といったトレンドがあります。いわゆる、「歩行者を中心に安全に移動できる街づくり」ですね。グリスロはこれとの親和性がすごく高いモビリティなので、地域創生はもちろん、日本のウォーカブルな街づくりに貢献したいと思っています。

あとはやっぱり、“移動サービス”という概念を変えたいですね。弊社のモビリティはただの移動手段ではなく、“コミュニケーションツール”です。ヒトとヒトを繋ぐモビリティとして街づくりに寄与しながら、ヘルスケアや環境問題などとの関連分野も含め、交通サービスの大きな仕組みを変えていくような気づきを与えられたら良いなと思います

増井:“生活の足”という意味では、関係者のあいだで、「街づくりの中での“移動”をどうしていくか」という話になる機会も増えましたし、今後の街のあり方と一緒に、モビリティをどう提供していくのか、どう活かしていくのかということまでセットで検討する必要があると考えています。日本でも“ウォーカブルな街”への関心が高まってきていますし、どうすればグリスロに移動だけではない付加価値をつけられるか、という部分も考えていきたいですね。

野原:観光地という視点で言うと、沖縄は特に顕著ですが、観光地は車やレンタカーを前提とした街の構成になっていることが多いので、どこか一箇所に観光客が殺到するケースが多く、最近はオーバーツーリズムも問題になっています。グリスロが自動車と徒歩の間を取り持つミッシングピースとなって観光客の分散化ができれば、どこか一箇所だけが賑わうのではなく、もっと広範に恩恵が行き渡ると思うので、私はそういった課題解決に取り組んでいきたいと考えています。

地方創生や地域課題の解決まで見据えるヤマハ発動機の新サービス、グリスロ。少子高齢化、過疎化が進む日本社会を支えるひとつの鍵として、今後の発展に注目だ。

猿川佑 さるかわゆう この著者の記事一覧はこちら