一瞬でスポーツカーに変身? ホンダ「ZR-V」は二面性のあるクルマだった

ホンダのSUV「ZR-V」が発売となってから約半年が経過した。最近、ようやく街で見かける機会の増えてきたホンダの新型SUVだが、数あるライバル車に比べどこが優れているのか。乗って楽しいクルマなのか。改めて試乗し、ZR-Vの特徴を探ってみた。

○「ZR-V」の立ち位置は? ライバルは?

ZR-Vはホンダの新しいSUVだ。同社の人気SUV「ヴェゼル」よりも上級な車種という位置づけで、基本的な技術要素は「シビック」と共通となる。

ZR-Vのボディサイズは全長4,570mm、全幅1,840mm、全高1,620mm。ヴェゼルより全長は240mm、全幅は50mm、全高は30mm大きい。車幅が1.8mを切るヴェゼルは多くの人にとって国内で利用しやすい車格だといえる。

ZR-Vの競合車は何か。国産車ではトヨタ自動車「ハリアー」やマツダ「CX-5」、輸入車ではアウディ「Q2」やポルシェ「マカン」などが考えられる。ライバル達は各車とも人気の理由が明快なSUVだが、ZR-Vに試乗してみると、それらとは違った持ち味を体感することができた。上質な乗用車感覚が印象深い。

○ドライブモード変更で別の顔が!

試乗したのはハイブリッドのZR-V。ホンダの2モーターハイブリッドシステム「e:HEV」を搭載する4WDだ。グレードは上級の「Z」である。

走りはじめて実感するのは静粛性の高さだ。シビックのハイブリッドに乗ったときにも感じたことだが、ホンダのe:HEVは低速域で車載バッテリーに十分な電力が溜まっている間はモーター走行するので、まさに電気自動車(EV)的な乗り味を味わえる。

一方、トヨタのハイブリッドシステムは、同様に2モーターを使用するものの、モーター走行より動力源としての効率を優先した方式なので、エンジンが比較的早く始動し、その騒音が耳に届く。ホンダのe:HEVは日産自動車のシリーズ式ハイブリッドシステム「e-POWER」に似た方式といえる。

それでも、試乗開始当初は車載バッテリーの充電量が少なかったため、早めにエンジンが始動した。エンジンの存在をあまり実感させないように開発されたe-POWERとは、やや違った感触である。とはいえ、エンジンが始動してもそれほど騒音が大きいわけではない。やがて車載バッテリーに電気が溜まりはじめると、モーター走行の快さを堪能できた。

アクセルペダルを全開にすると、すぐにエンジンも始動して全力加速に入るのだが、ドライブモードが「NORMAL」の状態だと加速力は圧倒的といえるほど強くない。あくまで穏やかさの残る加速力であり、高級さを湛える上級乗用車の雰囲気は崩さない。

走行モードを「SPORT」に切り替えるとアクセルペダルの操作への応答が早まり、瞬発力も増す。エンジン音には高鳴るような透明感が出てくる。その変化は、かつてホンダに「VTEC」(可変バルブタイミング・リフト機構)が誕生したときのエンジン特性に似ている。

VTECを初めて採用したのは「インテグラ」で、間もなくシビックも続いた。低回転域では穏やかな実用エンジンの特性だが、エンジン回転数が上がるとスポーツカーのエンジンのような活気あふれる瞬発力を発揮した。同じエンジンでありながら、まったく別のクルマを運転しているかのような変身ぶりは劇的で、興奮させられたものだ。

ZR-Vの走行モード切り替えには、それに似た心の高ぶりを覚えさせるところがある。高級乗用車とスポーツカーという二色の乗り味だ。
○SUVとは思えない? 乗り味は上質な乗用車

乗り心地は全体的にしっかりとした手応え。やや硬めだが、路面の凹凸などによる衝撃は上手にいなしてくれるので、乗っていて体に衝撃が伝わることはない。よく仕上がったサスペンション設定だ。乗り心地と操縦安定性が調和した仕立ては、欧州の上級乗用車に通じるところがある。

視界のよさは近年のホンダ車に共通の美点だ。ダッシュボードをほぼ平らな造形とすることにより、見通しをよくし、車幅をつかみやすくしている。小型車「フィット」以来のホンダ車の特徴であり、ZR-Vの視界も例にもれず良好だ。

後席も快適だった。座席の作りがしっかりしていて、的確に体を支えてくれる。足元を含め、後席の空間には十分なゆとりがある。全体的にやや硬めといえる乗り心地は後席でも同様だが不快感はない。逆に、クルマの走りに従って座席がきちんと体を支えてくれるので、長距離移動をしても疲れにくいだろう。

座席と床の段差が少ないので、足を前へ伸ばさないと腿のあたりが少し座席から浮いてしまうところは気になった。足をきちんとおろして座れる後席であれば、もっと高級さが増しただろう。

ZR-Vの乗り味はSUVというよりも、質のいい乗用車のようだ。より車高が低く、スポーティーさが持ち味のシビックに対し、ZR-VはSUVとはいえ視線が高すぎず、落ち着きのある上質なクルマだった。そういえば、4ドアセダンのトヨタ「クラウン」にも、フルモデルチェンジでクロスオーバー車が新たに登場した。このクルマも、SUVというより4ドアセダンに近い乗り味が特徴だ。

SUVの人気は高まる一方だが、車種によっては車高が高すぎて乗り降りに不自由する場合がある。4ドアセダンとSUVの中間的な「クロスオーバー」が増えているのは、現代の自動車メーカーが何を主力車種に据えようとしているかを象徴する動きなのかもしれない。

御堀直嗣 みほりなおつぐ 1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。 この著者の記事一覧はこちら