80種類の「小袋わさび」をつくる、万城食品のこだわりとは? – わさびの課題や魅力を話し合う「わさび懇話会」開催

わさびを中心に、蒲焼のたれ、ドレッシング、ポン酢、スパイスなど、総合香辛調味料を製造・販売する万城食品は、日本古来のスパイスと言われる“わさび”の歴史や文化、諸課題などを学び、話し合う場として「わさび懇話会」を開催している。

10月に開催された第3回目となる懇話会には、万城食品のスタッフのほか、わさびに関する研究者や生産者、調理師、料理研究家など多彩なメンバーが揃い、「わさびのおいしさ、ほんとうのわさびとは?」をテーマに、講演や実食などが行われた。
○●市場出荷量や平均単価は静岡わさびがトップ、その理由は?

講演パートでは、岐阜大学 応用生物科学部 植物遺伝育種学研究室 准教授の山根京子氏が登壇し、「わさび-生産と食文化継承が直面する課題とは」と題し、日本におけるわさび生産の実状を紹介した。

ドイツで空前のブームが起こるなど世界中から大きな注目を集めているわさびだが、その一方で、生産量の減少など、わさび生産に対する危惧も大きな問題となっている。そういった背景を踏まえて、わさび生産量の動向を調査する山根氏は、農林水産省(林野庁)調べと卸売市場調べによる生産量を紹介。主要卸売市場における生産量は、最盛期と比較して約半分へと減少している現状を明かす。

現在、日本市場におけるわさびはそのほとんどが静岡産。さらに静岡産わさびは全国わさび品評会での受賞数が多く、ブランド力が強いことから市場での平均単価も高い。生産量自体で見ると長野県が最も多いが、長野産は卸売市場を通さず直接取引が多いこと、また平均単価の差があることからあまり市場に出回らないという。

わさびの生産量が減っている原因は、静岡以外のわさびは価格が安いため生産量を増やしても儲けが出づらいこと、またわさびを栽培できる場所は限られているため、簡単に増産できないことがあげられる。静岡・長野以外では、1960年代には島根もわさび産地として関西で高い評価を受けていた。しかし流通事情の変化や生産者の高齢化、自然災害などの影響を受け、現在では生産量も市場単価も減少している。工場でわさびを栽培する試みもあるが「静岡以上の単価にはならない」という理由で、山根氏は否定的な見解を示す。

また「若者のわさび離れ」についても言及された。実際に高校生と高齢者を対象に調査したところ、“トウガラシ”や“辛い食べ物”には、年代や男女での有意差は見られなかったが、わさびでははっきりと年代や男女での差が見られたという。「わさびは好きですか?」という質問に対して、高校生女子の半数弱が「嫌い」と回答した結果も出ている。なお、「わさび好き」と有意な関係にある項目として、「生わさびの経験」「家庭でのわさび経験」「魚好き」などが挙げられると山根氏。「”家庭でのわさび経験”が減少している現状では、高校生が今後年齢を重ねてもわさび好きになる可能性は低くいと考えられます。さらに、魚食文化の衰退もわさび離れに結びついている。わさびをもっと身近に感じてもらう必要性がある」と訴えた。

今後の気候変動によって、何の対策もしないと、西日本地域や太平洋側ではほとんどわさびが栽培できなくなるという可能性を予測モデルシミュレーションで示しながら、「資源としてのわさび、食文化としてのわさびを環境面からも保全していきたい」と今後の活動への意気込みを示した。
○●加工わさび開発の苦労

続いての講演パートは、万城食品 開発研究課の坂本篤志氏が、「加工わさび」を開発するうえでのポイントや苦労についてをトーク。「加工わさび」とは、本わさび、または本わさびと西洋わさびを主原料に作られており、そこに添加物などが組み合わされた製品のことを示す。

本わさびは、日本原産の香りが豊かなわさびで、風味が強く、辛味が鼻にツンと抜けるほか、甘味があるなどの特徴がある。一方、西洋わさびはホースラディッシュとも呼ばれ、辛味が強く、大根のような風味が特徴となっている。

加工わさびを開発する上で、基準となるのは、辛味の強弱、固さ柔らかさ、風味、色の濃淡などがあり、刺し身用であれば、盛りやすさや見た目の良さ、そば用ならつゆを引き立てる味や溶きやすさなどを条件として開発される。

加工わさびを開発する際の苦労について、「何もかもが苦労」と苦笑いの坂本氏だが、特に難しいのが“色”。加工わさびの場合、使用する原料が変われば当然色も変わるため、原料の特性からどのような発色になるかを模索しながら、これだという色にするための試作を重ねながら、開発を続けているという。

一方、「わさびと言うと脇役というイメージがあるが、弊社が扱っている加工わさびが、様々な使用シーンによって変化する、脇役と言うより名脇役」と自信をのぞかせる、万城食品 広域営業部広域営業二課 課長の鈴木圭信氏。万城食品では、消費者や料理をする人のニーズにあわせた形で調合を進めているという。

営業の立場として、消費者の使用パターンを想定して最適なわさびを提案していくと鈴木氏は語る。例えば寿司用であれば、しゃりの上に乗りやすい粘度で、脂の乗ったマグロにも負けずしっかりとした風味が残るような若干辛味の強い調合を、そば用であれば、そばつゆに溶けやすい、風味豊かで色鮮やかなものにするなど、料理ごとに使い分けることで、さらにわさびが美味しさを引き立たせる。

そして、万城食品の加工わさびは、“すりたての本わさび”を目指して開発されているが、用途によっては、本わさびではなく加工わさびのほうが合うケースもあるという。「もちろんリスペクトするのは本わさび。これは間違いないのですが、我々はそこから学ぶべきところを学び、加工わさびに落とし込んで、わさびの味や風味を楽しんでいただくことを目指しています」と同社の方向性を示し、「さらにおいしいわさびを消費者の方にお届けするため、現状に満足することなく、わさび文化の発展に寄与していきたい」と意気込みを新たにした。
○●わさびのおいしさを引き出す新たなマリアージュ

第二部では、実食パートとして、加工わさびと本わさびの比較実食。本わさび(真妻、実生)と常温・冷蔵の加工わさびの食べ比べや、八雲茶寮 総料理長の梅原陣之輔氏が手掛けた、わさびのおいしさを引き出す新たな示唆(マリアージュ実食)が実施された。

一見、同じ様に思われがちなわさびの香り、味、風味の違いを感じながら、出席者はわさびにあわせた料理を楽しむ。そして、料理の話にとどまらず、それぞれの立場でのわさびへの接し方、温暖化や水質変化がわさびに与える影響、わさびの将来についてを語り合い、あらためてわさびの魅力を認識した。

○●万城食品が手掛ける「小袋わさび」の魅力

「わさび懇話会」の後、あらためて万城食品が手掛ける加工わさびを小分けした「小袋わさび」の魅力について、万城食品 広域営業部広域営業二課 課長の鈴木圭信氏に話を伺った。

万城食品は最初、「粉わさび」からスタート。その後、粉わさびを水で溶いた練りわさびを商品化し、そこから徐々に生わさびを使った小袋わさびを手掛けるようになった。「粉わさびは、ただ辛いだけとか、粉による独特な舌触りがありますので、生わさびをブレンドすることによって風味などを追加した、今の小袋形態が主流となりました」。

生わさびと粉わさびをブレンドするのは、味や食感が理由となっている一方で、消費者視点ではコスト面でのメリットが大きいという。価格をできるだけ抑えるために、本わさびの割合を減らして西洋わさびの割合を増やす、わさび原料を減らして、ほかの食物繊維などを追加することによって、価格を要望にあわせているが、同社の加工わさびが目指す方向はあくまでも「すりたての本わさび」。その基準だけは絶対に変えずに、価格面の要望に応えつつ、品質面もクリアしていくことが重要と、鈴木氏は強調する。

万城食品の小袋わさびには、冷蔵保存して使用する冷蔵タイプと、コンビニエンスストアの弁当などに添付される常温タイプが販売されている。常温で保存すると、風味が飛びやすく、変色しやすいため、開発も非常に困難だったと振り返る鈴木氏。経時変化によって、何度も作り直しを余儀なくされ、冷蔵タイプであれば20~30回程度の試作で商品化されるのに対し、常温タイプは100~200回の試作を重ねて開発されているという。「お弁当やお寿司などで常温のニーズがあるのはわかっていたのですが、満足のいく製品を出せるまでには、やはり時間がかかりました」。

現在同社では、容量違いのバリエーションを含め約80種類の小袋わさびを展開。少し広がりすぎているため、コスト面を考えても集約すべきという声もあるという鈴木氏だが、「やはりお客さまのご要望にお応えして、細かなところまでご満足いただくためには、これくらいの種類が必要」と、幅広いバリエーションを展開する同社の姿勢を示した。なお、小袋わさびは、刺し身や弁当に添付されることが多く、スーパーマーケットやコンビニエンスストアが主戦場となっているが、最近では回転寿司での需要が拡大しているという。

そして、今後の展開として「産地をアピールすることによって、付加価値をつけていきたい」という鈴木氏。特に万城食品が拠点とする静岡は、出荷量が多く、出荷額も高い。「消費者の方にも高品質であることが認知されているので、そのあたりを弊社としても力を入れていきたい」との展望を明かした。

スーパーマーケットなどで刺し身を買った際に、添付されている小袋わさびを捨てて、冷蔵庫にあるチューブわさびをわざわざ使用している家庭が多いという現状についても、「一度味わっていただければ、小袋わさびの良さがわかっていただけるはず」と自信を見せる鈴木氏。「小袋わさびは単なる使い捨てではなく、我々のこだわりが詰まっています」とあらためて小袋わさびの魅力をアピールした。