中央線「昭和グルメ」を巡る 第210回 高円寺の路地裏で分厚いとんかつを「門一」(高円寺)

いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、高円寺の食堂「門一」をご紹介。

○高円寺の食堂「門一」

高円寺駅北口の庚申通りといえば、以前ご紹介した「カフェテラスごん」や「COFFEE コーラル」が軒を連ねるにぎやかな商店街。今回の主役である「門一」は、その中間あたりで営業されている小さな食堂です。

駅から「ごん」を通りすぎて少し進み、「デンカランド」という電気屋さんの角を入ってすぐ。ギャラリー「VOID」の並び。

このあたりは自転車移動圏なので、前を通るたび気になっていたんですよ。庚申通り商店街のすぐ裏でありながら、近隣は閑静な住宅街。そんな場所に渋いたたずまいのお店がぽつんとあるのですから、気になって当然です。

しかも、これは相性の問題でしょうが、お邪魔してみようと思って足を運んだときに限って、いつも閉まっていたのです。一か月ほど前など、シャッターが閉まっているのに、なかから常連さんらしき人たちの話す声が聞こえてきたし。

だからそのときは「常連さんを集めて昼間から飲み会をやってるのだろう」と思ったのですが、そういうわけでもなかったよう(その理由はすぐにわかりました)。

でも何度もフラれているからこそ、なんとしてでも行きたかったんですよ。そこで事前に電話して「きょうは営業していますか?」と尋ねてみたら、返ってきたのは「はい、開けますよ。12時ちょっと過ぎたくらいかな」という答え。そこで、意気揚々と店に向かったのでした。

到着したのは12時少し前で、さっき電話に出てくださった方であろうマスターが、通り過ぎる近所の人と世間話をしながら店の前を掃除しています。「よし、これなら大丈夫だ。一番乗りだぞ」と思っていたものの、その近所の人は通り過ぎて行かないんですねえ。それどころか裏に回り、そちら側の小さな入り口から店内に入っていくのです。まだシャッターも開いていないのに。

ちょうどマスターが「あ、いま開けますからね」と声をかけてくださったので僕はシャッターが開くのを待って正面から入ったのですが、その時点ではすでに2、3人の常連さんが座っていらっしゃるわけですよ。

こういう感じだから、シャッター閉めて宴会やってるように見えたわけか。

こぢんまりとした店内は、L字型のカウンターが厨房を囲むようなつくり。

左側には小さな座敷席もあります。

厨房も決して広くはないのだけれど、きちんと片づけられていて非常に清潔。

上部に並んだ短冊状の品書きを見ると、目につくのは(特)(A)(B)と3種ある「とんかつ定食」。厚さが違うらしいのですが、そりゃ当然(特)でいきますよ。ずっと来たかったんだし。

そこで「(特)とんかつ定食」をオーダーすると、冷蔵庫から豚肉のかたまりを出してきたマスターが、「肉は熟成させたやつがいいんだよ」とニッコリ。それが分厚くていねいに切られ、低温でじっくり揚げられていきます。

ところで常連さん方は、当然のように日本酒などを楽しんでいらっしゃるんですよ。その姿を見ていたらなんだか飲みたくなってきたので、ビール(大)を注文。

マスターがまた笑顔で「この雰囲気に合わせなくてもいいんだよ」とおっしゃいますが、いやー、やっぱり飲んじゃうでしょう。

だいいちね、先に出されたお通しのおしんこと煮物が絶品なんですわ。どちらも味がしっかりとしているので、ビールがぐいぐい進みます。

さて、ほどなく分厚い(特)とんかつがお目見えです。

肉はほどよいピンク色になっていて、見るからにおいしそう。

しかも変わっているのは、あらかじめタルタルソースと特製タレのようなものがかかっていること。タルタルソースのかかったとんかつは初めてですが、合わないはずがありませんよね。

そもそも、かつにしっかり下味がついているので、なにもつける必要なし。「既成のソースなんかかけたくない」と強く思わせる説得力があるのです。つけあわせのスパゲティサラダもていねいにつくられているし、これは予想以上のクオリティだわ。

なお、具だくさんの味噌汁とごはんは、あとから登場。

なにせ開店直後から、数人のお客さんをひとりで同時にさばいていらっしゃるのですからね。まったく問題なしです。それはともかく、ごはんが出される前に突然話しかけられたんですよ。

「カレー食べる? 具は少ないけど、ごはんにかけるとおいしいよ」

もちろんお願いしましたが、正統派の”日本のカレー”がかかったごはんにもと大満足。こうして声をかけてくださるところも含め、マスターのホスピタリティも万全です。

マスターは若いころ、銀座の三笠会館で修行されたのだとか。洋食は独立が難しいということで独立に際しては食堂を選び、この地で営業を始めてから今年で47年目。そんなバックグラウンドがあるからこそ、すべての料理がおいしいのですね。

「もう歳だからきつくてね。来年には閉めるかもしれない」などとおっしゃっていましたが、できればこれからも続けていただきたい。そう、切に願います。

●門一
住所: 東京都杉並区高円寺北3-33-3
営業時間: 12:00~15:00、17:00~21:00くらい
定休日: 水木日祝

印南敦史 作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちPHP研究所より文庫化)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書に学んだライフハック――「仕事」「生活」「心」人生の質を高める25の習慣』(サンガ)、『それはきっと必要ない: 年間500本書評を書く人の「捨てる」技術』(誠文堂新光社)、『音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話』(自由国民社)、『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)ほか著書多数。最新刊は『先延ばしをなくす朝の習慣』(秀和システム)。 この著者の記事一覧はこちら