私の独立・開業ストーリー 第33回 ワルだった10代、人間関係に悩みながら“飲食店のあるべき姿”の境地に至った韓国居酒屋オーナー

独立・開業には勇気がいります。そして人それぞれの理由があります。もちろん稼ぐことを目的に開業する人もいるでしょう。しかし、それ以上に「思い」を持ってビジネスに取り組まれている人が大勢おられます。ここではそんな人々にスポットを当てて、独立・開業への思いや、新しい人生の価値観などを伺っていきます。

第32回は、東京は世田谷区で韓国居酒屋「経堂プッチョン」を経営する北村智広さんにお話を伺いました。

うまくいかないのを、全部人のせいにしていた
――初めに、料理人を目指されたきっかけをお聞かせください。

北村さん:実は子供の頃から悪いことばかりしていまして……、小学生ながら警察沙汰になることもありましたし、学校では全く勉強もせず、教科書を触った記憶すらない始末。高校を卒業してからはフリーターをしていました。その後、交通事故を起こしてしまい、無傷ながら借金は300万円、その返済のため日雇いの仕事もしました。すると今度は仕事中に、即死してもおかしくないほどの事故に遭い、顔と頭を65針縫う大怪我をしたんです。さすがにこれで「命の使い方」を真剣に考えまして……、そこから料理人を目指すようになりましたね。

――料理学校などには通われたのですか?

北村さん:いえ、もう現場での叩き上げです。まずはフレンチレストランで料理修行をスタート。ただどのお店でも長続きせず、店を転々としていました。いつも「うまくいかないのは全部、人のせい」「俺は悪くない」なんて考え方をしていたうえに、いろんな店で料理を学ぶことで腕だけは上がっていき、どんどん天狗になっていたんです。

そんな僕ですから、30代後半には「人を辞めさせ続ける嫌われシェフ」の地位を確立していました(笑)。
焼肉店を開業するも「経営者とは?」と悩む日々
――それは若手の方への“愛のムチ”ということでしょうか。

北村さん:そういうと聞こえはいいのですけどね。僕自身が修行時代に、殴られたり蹴られたりなんて辛い経験していましたので、さすがに人に手を出すことはしませんでしたが。それでも人を辞めさせることと美味い料理を作ることにかけては誰にも負けませんでしたよ(苦笑)。
ただ、人間関係があまりに上手くいかないので、40代になってようやく「自分に原因があるのだ」と気づき始めました。それからは本や勉強会で経営を学び、人を育てる経営者になりたくて、とあるご縁から譲ってもらうことになった焼肉屋に転向しました。

――焼肉店の開業でご苦労されたことは?

北村さん:既存のお店を業務委託という形式でスタートしましたので、借り入れ金ゼロ、スタッフも好調でしたので、開業では苦労を感じませんでした。それよりもとにかく「人」でした。相変わらず人を駒のように思っていた節がありましたので、反発を生み、営業成績も振るわず苦労しました。「経営者とは」と悩み、夫婦喧嘩も絶えず、どんどん自信をなくしていきましたね。唯一の救いは当時のバイトリーダーが気持ち良いくらいのリーダー気質で、バイト全員が何を言って何を思っているのか全部僕に教えてくれたことでした。まあ全部僕への悪口なんですけど(笑)。あの頃はお店に行くのも辛かったですね。
全ては「人」ありき。感謝の思いから、全てが変わり始める
――そんな中で、今にたどり着かれるまでの思いや、やり甲斐はどんなものでしょうか。

北村さん:飲食業って、美味しいことはもちろん大切なのですが、それ以前に全ては「人」ありきなんですよね。そしてその良い環境は感謝からしか生まれないことに気づきました。それからはアルバイトの仕事を手伝ったり、賄いも心を込めて作ったり、バイトが出勤する時間に合わせて入口の電灯を点けて明るくし、店内BGMもかけて出迎える、そんなことをしていました。これまでたくさんの人を辞めさせて飲食業を嫌いになる人を増やしてきたのに、今の僕があるのはこの飲食業のおかげです。これからは飲食業を好きになる人を増やすことが大切、そのためには当然お店を流行らせて利益を出し続けることも必要。それが続く会社を作ることが経営者として目指すところだと、今は頑張っています。

ある方に教わったことで今も大切にしていることがあります。
「誰でもできることを、誰もやらないくらいやる」
僕は不器用で頑固なのですが、それでも毎日続けることを大切にしています。失敗ばかりですが、やってみることと続けること、この2つは大切にしています。そして何かを乗り越えたとき、今まで知らなかった世界が見えたとき、必ずそこで助けてくれている人がいる、感謝すべき人がいる、その人のためにもさらに成長したいと思うとき、「今日は昨日より頑張ろう!」と気合が入ります。強いて言えば、それが僕のやり甲斐なのかもしれません。
逃げなければ絶対に良くなる
――その後韓国料理店に移行されたわけですが、今後の展望などあればお聞かせいただけますでしょうか。

北村さん:コロナ禍になって急に周りに焼肉店が増えまして、だったら地域にないお店を作って多くの人に喜んでもらいたいと考え、6月に韓国居酒屋「経堂プッチョン」として再スタートしました。おかげさまで、来年の2月には2号店を出そうかと考えています。

――ありがとうございます、最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。

北村さん:どんなことがあっても本来やるべきこと、やりたいことを忘れなければ、必ず兆しが見えます。ピンチは何度もありました。資金が底をつきそうになったり、従業員が一気に辞めたり。お金と人の問題が大きくなると正しい意思決定が出来なくなったりもします。その時が本来やるべきこと、やりたいことを再確認できる時です。そこから逃げなければ絶対に「今日は昨日より良くなります」。

戸田充広 とだみつひろ 全日本趣味起業協会代表理事、趣味起業コンサルタント 趣味起業のパイオニアとしてこれまで400名以上の趣味起業家を育て、現在は全国でのセミナー、講演活動のほか、数々の講座でさらに趣味起業家を育て続けている。著書に『1日1時間で月10万円ののんびり副業』(現代書林)、『稼げる! 自分に合った副業が必ず見つかる! 副業図鑑』(総合法令出版)、『決定版! 趣味起業の教科書』(マガジンランド)、『消費税率アップから家計を守る! サラリーマンのための安全「副業」のススメ』(すばる舎)などがある。 この著者の記事一覧はこちら