「戦闘機は危なくて飛ばせない」でもウクライナがF-16を欲しがるワケ 無人機&ミサイル飛び交う空

ロシア・ウクライナ戦争では、有人機による空戦はほとんど起きず、代わりにドローンが飛び交っています。有人機はすぐ地対空ミサイルに狙われますが、それでもウクライナがF-16戦闘機を欲しがるのはなぜでしょうか。
ロシア・ウクライナ戦争ではドローンが大活躍です。パイロットという専門職の占有域であった空を誰でも利用できるようになったのはまさにイノベーションで、歩兵であれ空からの視点と空を介した攻撃手段を持つようになりました。そして、空を占有していた有人機の方は全く目立ちません。
「戦闘機は危なくて飛ばせない」でもウクライナがF-16を欲し…の画像はこちら >>AGM-88を1発ずつエアインテーク下に装備した敵防空網制圧(SEAD)任務用のF-16CJ(ジェイソン・ギャンブル軍曹, Public domain, via Wikimedia Commons)。
近代戦では、作戦を有利に運ぶには制空権が必須とされ、制空権を確保する戦闘機の開発競争はどんどん過熱していきました。今や第5世代と呼ばれる戦闘機の開発製造には、一国の国力では賄えないほどコストがかかります。それだけ制空権確保が重視されているのです。
しかし現在進行形のロシア・ウクライナ戦争では、空を飛んでいるのはドローンばかり。制空権をめぐる空中戦という話をほとんど聞きません。戦闘機開発競争は何だったのかとも思えてきます。
理由は、地対空ミサイルのキルレシオ(編注:空中戦における自軍と敵軍との撃墜比)が高く、有人機は離陸するとすぐ敵の防空網に捕捉されるので、危なくて飛ばせないということとされています。航空部隊の任務は制空権争いではなく、砲兵の補完として地上部隊を支援する空爆になっています。ドローンの登場と発達した地対空ミサイルで、制空権の概念が変わったとか、有人機不要などという声も聞こえます。
パイロットでもあるウクライナ空軍将校は「ドローンはあらゆるものを変えた」といい切ります。この場合の「ドローン」とは無人航空機だけでなく、陸海空の無人システムを指し、あらゆる領域で戦争のやり方を変えるイノベーションであり、軍事における革命(RMI)といっても良いと述べています。
しかし、ウクライナ政府はF-16戦闘機の供与を求め続けています。地対空ミサイルが睨む空は有人機には危険なはずではないでしょうか。
ウクライナがF-16を欲しがる背景には、国防戦略の転換と、この戦争が長期持久戦になる覚悟があります。
現在のウクライナの空はロシア軍、ウクライナ軍とも、旧ソ連式航空戦システム同士の対決になっています。そもそも旧ソ連式は、アメリカなど西側の航空機戦力が質量ともにソ連製航空機より優位であるとの考えに基づき開発されており、対決にあたっては航空機ではなく、重層的な地対空ミサイルを多用した防空システムで迎撃することを主眼に置いています。つまり守勢的性格で、積極攻勢的ではありません。
ロシア軍、ウクライナ軍とも守勢的なシステム同士が対抗しているため、制空権をめぐる空中戦など起こりようがないのです。そもそも制空権を積極攻勢的に取りにいく航空機がありません。
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S-300V4、ブークM3、トール-M2で重層に構成された対空システムコンプレクス(複合体)。西部軍管区カスプチンヤール訓練場での実射訓練(画像:ロシア国防省)。
一方で安価なドローンを大量に飛ばし、防空システムへ探知・識別の過負荷をかけることで無力化するという防空システムの弱点も互いに露呈しています。
ロシア空軍は攻撃効果を高めるため、攻撃機を離陸させるのと同時に無人機シャヘド136を先行させ、ウクライナの防空システムを幻惑させる戦法を取っています。ウクライナ軍もロシア軍のS-300、S-400地対空ミサイルシステムの約30%を破壊したとしています。
ウクライナがF-16を欲しがるのは、ソ連式防空システムの弱点を積極的に突いて、西側のように制空権を確保する航空戦を展開したいからです。西側は旧ソ連式防空網を突破する敵空網制圧(SEAD)能力を構築しており、F-16の改修型がSEAD任務用「ワイルド・ウィーゼル」に用いられ、対レーダーミサイルも搭載できます。
F-16自体はそれほど複雑な機体ではないので、ウクライナ空軍で飛ばせるようになるなら1~2週間、初期作戦能力を持つのに1~2か月、完全作戦能力を持つのに1年程度と見積もられています。
ウクライナは、ロシア軍を押し戻し持続的な安全保障体制を固めるには、軍の体制を西側スタンダードに移行することが必須と見ています。もちろんF-16を導入するだけで移行はできませんが、少なくとも時間稼ぎにはなります。F-16導入を皮切りに、将来のNATO加盟など完全にロシアの影響下から脱却して西欧圏に入ろうという戦略的決断でもあります。F-16が真価を発揮する完全作戦能力獲得に1年かかると考えれば、短期決戦は無理でも長期持久戦を覚悟している証左でもあります。
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96K6パーンツィリ-S1。対空機関砲と短距離対空ミサイルを併用し、射程1~20kmの低高度域をカバーする。ドローン迎撃にも効果をあげている(画像:ロシア国防省)。
ウクライナは約15年前からロシアと対立を深め、西側の演習にも参加するなど西側スタンダードに少しずつ移行努力を進めていました。プーチン大統領が「特別軍事作戦」の目的にウクライナの「非軍事化」を挙げているのは、このようなウクライナのNATO、西側への接近に危機感を募らせていたことも背景にあります。
ウクライナ軍がF-16の運用を始めて西側スタンダードに移行していけば、冷戦時代に東西陣営が構築した航空戦システム対決が実現し、それを検証することは将来戦のためにも有意でしょう。いずれにしても制空権の概念が変わり、有人機が不要になったというのは、戦車不要論と同じくらい早計だといえます。