目的は「闇に紛れて飛ぶ」ほとんど“スパイ作戦専用”な軍用機があった! ただ、めちゃ遅い!

一般に飛行機はスピードが速く、航続距離が長い方が高性能とされます。しかし第2次世界大戦中、低速ながら重用されたイギリス機がありました。しかも同機は戦局を左右しかねないほどの重要任務に投入された可能性もあったようです。
ヘリコプターの色は民間ならば様々、軍用ではおおむね緑や迷彩がメインですが、“とにかく真っ黒”も存在します。それは、夜間の隠密作戦や特殊作戦で夜空に溶け込む必要がある特殊部隊が使用する機体です。
ヘリコプターが実用の域に達する前は、同種の任務を航空機で行うこともありました。なかでも、特に第2次世界大戦でイギリス軍が特殊作戦用に使った航空機が、ウェストランド「ライサンダー」です。
ただ、この「ライサンダー」、飛行機としてはあまりにも低速でした。
目的は「闇に紛れて飛ぶ」ほとんど“スパイ作戦専用”な軍用機が…の画像はこちら >>イギリス空軍のウェストランド「ライサンダー」(画像:IWM)。
第1次世界大戦で兵器として有用性を示した飛行機は、1920年代から第2次世界大戦勃発前の1930年代にかけて大きく進化します。ただ、高性能化するにつれ、離着陸のための滑走距離はどんどん長くなり、また滑走路も草っぱらではなく、整地され、場合によっては舗装路であることが求められるようになっていきました。
しかし一方で、最前線などにおいて地上部隊と緊密に協力するような、それこそ現代のヘリコプターのように敵陣地の攻撃や前線偵察、負傷者の後送、高官の送迎などといった任務に使われる機体は、離着陸の距離が短く、草むらのような場所に降りられる性能も求められるようになります。
このような任務に、当初は低速で滑走距離も短い初等練習機でもあてればよいと考えられましたが、練習機は搭載量が少ないというデメリットがありました。そこで、搭載量が多く速度も速く、不整地の離着陸性にも優れた専用機が求められるようになりました。
こうした経緯から、イギリスで生まれたのがウェストランド「ライサンダー」です。初飛行は第2次世界大戦が始まる3年前の1936年6月15日、カナダでのライセンス生産含めトータルで1786機が生産されました。
パイロットを含めた乗員は2~3名。固定式の頑丈な主脚に取り付けられた主輪にはフェアリング(整形覆い)が被せられており、ここに機関銃を装着したり、懸吊架を備えたスタブウィング(小翼)を取り付けたりして、小型爆弾や補給品投下用のコンテナなどを搭載することができました。
実戦部隊への就役は1938年。第2次世界大戦の勃発1年前に運用が開始されましたが、いざ大戦が始まると、フランスに派遣された約170機の「ライサンダー」のうち約130機が失われてしまいます。敵ドイツ空軍の優勢な制空権下では、最大速度約340km/hの低速機が生き延びるのは難しかったからでした。
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イギリス空軍のウェストランド「ライサンダー」。左右の主脚にスタブウイング(小翼)が取り付けられているのがわかる(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。
こうして、そのまま旧式化するかと思われた「ライサンダー」でしたが、イギリスが本土防衛に力を入れていた時期に、新たな活路が拓かれました。まだヘリコプターが試験の域を出ていなかった当時、同国のSOE(特殊作戦執行部)がフランスのレジスタンスとの連絡任務や諜報員の往来に目を付けたからです。低空を這うようにして低速飛行ができ、飛行場などない場所でもちょっとした広場(草原)であれば離着陸可能な本機こそ最適、と白羽の矢が立てられました。
そこで機体全体をつや消しの黒で塗り、航続距離と滞空時間を延ばすためのドロップ・タンクを備え、負傷者の空輸にも対応できるよう担架も搭載可能にされた特殊作戦型が造られます。
なぜ、機体を黒くしたのか。それは夜間、闇に紛れて飛ぶことが使命だったからです。こうして生まれた低速の特殊作戦機は、人知れず飛び続け、諜報戦で大活躍をはたしました。
一説によると、「ライサンダー」が大戦中にドイツ占領下のヨーロッパへ送り込んだ工作員(スパイ)は101人、逆に無事「回収」した工作員は128人と言われています。そのなかには現代のCIA(アメリカ中央情報局)の前身であるOSS(戦略情報局)に所属するアメリカ人工作員も含まれていたとか。このような任務はフランスがドイツ占領から解放される1944年まで続いたそうです。
なお、同様の任務は、日本軍と対峙していた東南アジアのビルマ戦線でも行われていたといいます。
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イギリス空軍のウェストランド「ライサンダー」(画像:IWM)。
戦闘機や爆撃機のように派手な戦果を挙げていない「ライサンダー」ですが、まさしく「黒子」として極秘任務に就き続け、アメリカ・イギリスなどの連合軍が第2次世界大戦で勝利を収めるために大きな役割を果たしたといえるのかもしれません。
ちなみに、戦後はその低空低速での高い安定性や滑走距離の短い離着陸性能などを買われて、農薬の空中散布機などとして重用されたそうです。