高齢になるにつれ「耳が遠くなった」と訴える方が多くいます。いわゆる難聴と呼ばれる症状ですが、日本ではどれだけの人が難聴に悩んでいるのか実態把握が遅れています。
日本補聴器工業会の調査によると、日本では「難聴またはおそらく難聴だと思っている人」の割合が11.3%に達しているとされています。さらに、その割合は年齢が上がるごとに増加する傾向にあり、75歳以上になると39.2%にまで上昇します。
つまり、今後2040年まで高齢者が増加するのに比例して難聴者の数は増えていく可能性があります。
しかし、日本では難聴者に対する支援が不十分だと指摘されています。厚労省の難聴者の基準が厳しく、障がいと認定されるハードルが高いからです。
日本では障害者総合支援法の「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう」という条文による基準があり、聴覚障がいは生活に困難だと認定されづらいのです。
例えば、世界保健機関(WHO)の基準によると、聴覚障がい者の人口比は6.5%~11.3%とされているのに対し、厚生労働省調査ではわずか0.3%に止まっています。
このことからも、日本では難聴者の実態把握が遅れていると考えられます。
加齢による難聴は「老人性難聴」と呼ばれます。日本老年医学会によると、老人性難聴の特徴は「音」に対する聴力が低下するだけではなく、「言葉」に対する聴力が低下することが大きな特徴だとしています。
例えば、アラームの「ピーピー」といった音やクラクションの「ブーブー」といった音に対する聴力は比較的保たれていても、会話の聞き取りが著しく衰えるといった症状が現れます。
「相手が何か言っているのはわかるが、何を言ってるのかはわからない」と訴える高齢者は少なくありません。特に、街中などの騒音下では聞き取りづらくなる傾向が高まります。
高齢者によく見かける光景ではありますが、単に「不便」というだけではありません。世界的には老人性難聴が心身全般の健康、ひいては命にかかわると認められているからです。
カナダで行われた60歳以上の人の12年間を追跡した調査では、難聴であることが後の死亡率増加につながることを報告しています。アメリカでも聴力の低下と脳機能低下やアルツハイマー病発症率の上昇が関連することが指摘されています。
海外で難聴が死亡リスクを高めることがわかり、日本でもそのような動きが高まりつつあります。
厚労省は認知症対策の土台となる方針として、2015年に新オレンジプランを策定しました。このプランで示された理念をもとに、さまざまな認知症施策を行っていますが、認知症の原因となる因子として高血圧や糖尿病のほか、難聴も挙げられているのです。
国立長寿医療研究センターの報告によると、難聴は認知症の発症リスクを約2倍上昇させ、認知機能障がい全体のリスクも約3倍上昇させることがわかっています。
また、45~65歳の中高年世代の認知症リスクを調査した結果、健康な人との比較において高血圧と肥満が1.6倍であるのに対し、難聴は1.9倍とリスクが高くなることが報告されています。
前述した国立長寿医療研究センターの報告では、さらに難聴と関連の強い症状について調査。データ解析や地域住民を対象にしたアンケート調査を用いて分析しました。
難聴は認知症に伴う行動・心理症状に強く関連しており、難聴群ではもの忘れの自覚や焦燥、不安感を感じる割合が多く、抑うつ傾向と関連していることも指摘されています。
また、名古屋大学の調査では、難聴がある虚弱の高齢者と虚弱のない高齢者を比較すると、難聴がある人のほうが認知機能が低下していました。
このように、難聴は高齢者の健康に影響することがわかっており、日常生活動作やQOL(生活の質)に強く影響すると考えられています。
難聴は遺伝的な要因もあるとされ、根本的な治療が難しいともいわれています。そこで、最も簡単で手軽にできる対策が補聴器です。
米国の有名経済誌フォーブスは難聴と認知症リスクに関する記事を公表しています。
それによると、シンガポール国立大学が拠点の研究グループが、12万6000人以上を対象に行われた8つの研究のレビューを行った結果、補聴器を使用している人は、使用していない難聴の人と比較すると、認知症や認識脳の低下が19%少ないことが明らかになっています。
また、短期記憶(比較的短い期間、頭の中に保持される記憶のこと)の認知テストを行った研究でも、補聴器を使っている難聴の人は、使っていない人に比べて短期記憶が3%良いことが報告されています。
このように、さまざまな研究結果が報告されており、難聴を感じたら早い段階から補聴器を使用することが推奨されるようになっているのです。
しかし、日本では補聴器の利用が進んでいません。先進各国と比較してみると、イギリスでは聴覚障がい者の47.6%が補聴器を利用しているのに対し、日本では14.4%にとどまっています。
全日本難聴者・中途失聴者団体連合会は、補聴器利用における補助金などが不足しているからだと訴えています。現在は自治体などで独自に給付されていますが、国として対策には乗り出していません。
そのため、補聴器に対する補助金については2010年代から関連団体が政府に呼び掛けていますが、いまだ実現には至っていません。
一方、海外では補助金などの制度の整備も進んでいます。アメリカの食品医薬品局(FDA)は、処方箋なしで補聴器を購入できるようにしています。これにより難聴の治療を受けていなくても補聴器を容易に手に入れることができるそうです。
認知症になる人を減らすことは介護保険制度の狙いの一つでもあります。今後、介護予防という観点からも認知症リスクを低減する政策は効果的に実施していくべきではないでしょうか。
そのためには、比較的健康であるシニア世代から難聴を放っておかずに補聴器を使用するなど、早めに対策することが大切です。