「羽田新ルート」このままでいいのか 都心通過なぜ必要? “滑走路1本で離着陸”リスクは衝突事故で浮彫りに

羽田空港で2020年から開始された都心上空を通る「新ルート」。この運用では滑走路を離着陸兼用にする前提のため、さまざまな課題も残ります。なぜこのようなことになっているのでしょうか。
2020年3月29日から、羽田空港への離着陸に使用する飛行経路において、都心上空を通過する、いわゆる「羽田新ルート」運用が始まりました。運用開始から4年が経とうとしていますが、ちょうど運用開始とほぼ同時に始まった新型コロナの蔓延により減少していた便数は、新型コロナの収束と航空需要の回復にともない増加に転じています。このルートの導入は、どのように評価すべきなのでしょうか。
「羽田新ルート」このままでいいのか 都心通過なぜ必要? “滑…の画像はこちら >>羽田空港の旅客機。奥がC滑走路(乗りものニュース編集部撮影)。
筆者は、今後も便数の増加が続くと見られる今、羽田空港では安全性の向上を図りながら便数を確保するためには、同じ滑走路で離陸と着陸の両方を行う運用方式を見直す必要があると考えています。
この「羽田新ルート」は、夏季などの南風が吹く際に用いられることが一般的です。通常、南風運用時の羽田空港では、第1ターミナルと第3ターミナルのあいだのにあるA滑走路と、第2ターミナル前にあるC滑走路を出発に使用し、A滑走路にクロスするように設置されたB滑走路、沖合に2010年に新設されたD滑走路を到着に使用しています。離陸と着陸に使用する滑走路を分けて4本の滑走路をフルに使用する方法です。
一方、「羽田新ルート」は南風時の15時から19時まで間に運用されますが、A滑走路とC滑走路を離陸と着陸の両方に使用します。
この飛行コース開設に先立ち、国交省は滑走路4本を使用した従来の運用方法に比べ、滑走路2本を使用する新しい運用方法の方が多くの発着便を処理できると説明していました。使用する滑走路の数は半減するのに処理能力は増えるというのは不可解にも思えます。この理由が本当であれば、D滑走路を6700億円もの巨費を投じて新設した理由も説明する必要があります。
「羽田新ルート」は、超過密状態の都心上空を通過するため騒音や落下物への懸念が生じます。関東平野の内陸部を飛ぶ範囲が長く、その影響も広範囲に及ぶとされ、反対の声も大きく聞かれた運用です。
しかし実は、それ以外にも多くの問題点を抱えています。
まず、「羽田新ルート」の設定においては、羽田空港近隣の飛行場への影響も発生しています。海上自衛隊下総基地と航空自衛隊入間基地の飛行経路は、羽田空港のルートが変わったことによって、こちらも変更を余儀なくされました。これはつまり、これらの飛行場の飛行経路同士が接近していることを意味しています。
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「羽田新ルート」で着陸する旅客機(乗りものニュース編集部撮影)。
また、新しい飛行経路は東北地方や北海道からの到着便には影響しないものの、実は西日本や沖縄方面からの到着便は、千葉から埼玉上空を周回するように高度を下げながら飛んだのち、低空で都心を通って羽田へ降りるので、飛行距離が長くなり所要時間が増加しています。
羽田空港への到着便は、およそ30%が北日本から、70%が西日本、南西方面から飛来します。
70%の到着便は従来よりも長い時間のフライトを余儀なくされ、これは燃料消費の増加を意味し地球温暖化防止に反します。さらに最終着陸コースに入る部分では米軍が管理する「横田空域」の中を通過しています。
また、「羽田新ルート」においては騒音を軽減するため、都心部上空では着陸時の降下角度が3.45度に設定されました。通常の降下角度は3度ですので、これはかなり急な角度で降りなければならないということです。
なお、騒音についても、経路直下の複数の測定所では東京都の環境確保条例を大幅に上回る騒音が計測され、東京地方裁判所において住民グループから訴訟が起こされています。
では、なぜ羽田空港はこのような運用とせざるを得なかったのでしょう。
この新飛行経路が都心部を通過せざるを得なかったのは、旧式の着陸誘導装置を採用したことが背景のひとつにあります。
羽田空港には長年、半世紀以上前から使用されてきた「ILS(計器着陸装置)」という着陸進入のサポートシステムが採用されました。このシステムは電波の直進性を利用しているため、滑走路までの進入路に長い直線を設定する必要があります。また、ILSは滑走路の端などに大掛かりなアンテナを設置して航空機を誘導するために電波を出し続ける必要があります。そのため、導入コストも維持費も高額です。
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羽田新ルートで飛行する機体から見た都心上空(乗りものニュース編集部撮影)。
いま、世界では次々にILSを廃止して衛星を利用した新方式の着陸誘導システムへの置き換えが進んでいます。新しい誘導システムを用いれば進入路は長い直線である必要はありません。しかも最新の方式は格段に精度が向上しているため悪天候時にも使えるという大きなメリットがあります。
現在の「羽田新ルート」は、南風運用時の進入経路では、この新たな着陸誘導システムを用いた進入方式がすでに導入されています。ですが、もっと早くからこの新しいシステムを採用していれば、経済的に、かつ都心部を避けた進入路が設定できた可能性があるのです。
また、「羽田新ルート」用に新たなILSアンテナが設置されたため、A滑走路ではおよそ480m、C滑走路ではおよそ400mそれぞれ着陸に使える滑走路の有効長が短くなってしまいました。ここまでして時代遅れのILSを設置する意味があったのか疑問です。
一方、多くの航空機が発着するロサンゼルス国際空港では1991年2月1日、スカイウエスト航空のコミューター機が離陸のため滑走路に入っていたところへ着陸したUSエアのボーイング737が衝突する事故が起きました。この事故では23人の尊い人命が失われました。この事故からの教訓として、同空港は離陸と着陸を別の滑走路を用いて運用することになりました。
この事故に酷似するのが、2024年1月に羽田空港で発生したJAL(日本航空)機と海上保安庁の衝突事故です。このときは運用こそ南風運用ではなかったものの、潜在的にはこの「一本の滑走路で離着陸機両方をさばく」同空港の滑走路運用のルールが持つリスクを浮き彫りにした形です。ちなみに、事故が起きた羽田空港のC滑走路は南風・北風ともに、離着陸両面に対応しなければならない場所です。
羽田空港では今後、一層のインバウンド需要の増加が見込まれています。安全性を維持しながら発着数を増やしてゆくためには、海外の事例も参考にし、新たな飛行ルートの見直しと、離陸用と着陸用とに分けた滑走路の運用方法が望ましいと筆者は考えています。