自衛隊が「慎重すぎる」のか? 高速自慢の「オスプレイ」能登へ出向かない理由とは

固定翼機と回転翼機の長所をあわせ持ち、高速飛行もできるオスプレイは、なぜ能登地方の被災地へ投入されないのでしょうか。それにはやはり、被災地が抱える地理的要因や気候も関係しています。
2024年の元日に発生した能登半島地震は、最も起きてほしくない時と場所で発生しました。被災地は、紀元前500年頃に中国で書かれた兵法書『孫子』でいうところの「険」「狭」の環境で、行動するのがとても難しいところです。こういった場所では大兵力も有効には使えません。それは現代技術で海路や空路を使えるようになっても、制約条件であることには変わりはないのです。
自衛隊が「慎重すぎる」のか? 高速自慢の「オスプレイ」能登へ…の画像はこちら >>「令和4年度離島総合防災訓練」で神津島ヘリポートに着陸する陸上自衛隊のV-22オスプレイ。木更津駐屯地からCH-47の約半分の時間で到着した(月刊PANZER編集部撮影)。
それでも海路では、海上自衛隊がLCACと呼ばれる揚陸艇、いわゆるホバークラフト(ホーバークラフト)を使い、空路ではヘリコプターが投入され救援にあたっています。しかし陸上自衛隊の保有するV-22オスプレイは参加していません。
オスプレイは固定翼機と回転翼機の長所をあわせ持ち、性能は大型輸送ヘリコプターCH-47と比べると巡航速度で約1.7倍、航続距離で約2.5倍とされています。積載量はCH-47にはやや劣るものの、中型のUH-60よりは多くなっています。
オスプレイは2024年1月現在、木更津駐屯地の第1ヘリコプター団航空輸送隊に13機が配備されています。島嶼防衛には有効な輸送展開力を持ち、災害派遣でも活躍が期待されていました。東京都の神津島で実施された「令和4年度離島総合防災訓練」に初参加し、救援部隊としてCH-47とともに木更津駐屯地から神津島に向かいましたが、到着時間の差は歴然で、オスプレイはその高速性を示しました。
ではなぜ、今回は救援にオスプレイが投入されないのでしょうか。
理由のひとつには、2023年11月29日に発生した、アメリカ海兵隊CV-22Bの墜落事故があります。事故を受けてアメリカ軍は飛行停止を命じ、陸自のオスプレイも飛行を見合わせています。
2つ目には、高速性と長い航続距離というオスプレイの特性が活かせなかったという事情もあります。元日でも自衛隊は待機していますが、飛行見合わせ中のオスプレイはすぐには離陸できなかったでしょう。航空機は自動車のようにエンジンスタートしてすぐ離陸というわけにはいきません。
空路の救援拠点となっているのは小松基地であり、そこから被災地の能登空港までは約110kmです。近距離であれば、高速性よりすぐ飛べる機体の方が即応性に優れます。CH-47でも1時間弱の距離ですので、すぐ飛べて、より積載量の大きい機体の方が効率も良かったのです。
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回転翼機もいきなりは着陸できない。見極めと準備が必要。訓練では消火器具箱も風圧で蓋が開いて破損しないよう、事前に固縛された(月刊PANZER編集部撮影)。
また考慮しなければならないのは「険」「狭」の環境だということです。この環境に大量の物資をむやみに送り込めないのは空路でも同じです。多くの機体を送り込めば、それを飛ばすための補給や点検、いわゆる兵站の負担も大きくなります。機種が増えればなおさらです。
有事こそ、状況に最適で効率の良いアセットを厳しく見極める必要があります。オスプレイ単体のスペックだけ見て決めるものではありません。神津島の例はあくまで訓練であり、オスプレイの能力実証という意味もあります。
「救援部隊の行動が慎重すぎる」「環境が悪い時こそ自衛隊の力は発揮されるべきで、そんなことでいざという時に戦えるのか」という批判も聞こえます。しかし戦時と災害派遣ではリスクの取り方が違います。災害派遣では絶対に事故を起こしてはならず、自らが要救助者になることはありえないのです。求められる任務は全く別物であり、慎重になるのは当然です。
「険」「狭」と冬季日本海側の天候という環境は航空機にも厳しいものです。オスプレイは高性能ですが、物資を出発地から目的地に運ぶ物流ネットワークの一部に過ぎず、物流を成立させるには前後の経路が整備される必要があります。それが「険」「狭」となればなおさらです。
また忘れてはならないのは、自衛隊の本務は国の防衛・安全保障ということです。語弊がありますが、大災害でも兵力を全力投入することはなく、使えるものはオスプレイでも何でも使えというわけにはいきません。今この時も、世界はじっと観察しています。
2011(平成23)年の東日本大震災時も、周辺国は災害時の日本の防衛態勢を探り、原発事故のモニタリングを行う目的で、航空機や艦艇を多く接近させています。それに対応して自衛隊は、警戒監視体制を堅持しました。毎年恒例の富士総合火力演習も実施されています。
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東日本大震災と同年の2011年に実施された富士総合火力演習において、終了後、東北応援のノボリを掲げる参加部隊(月刊PANZER編集部撮影)。
2024年の空挺降下始めも同様です。災害があっても、日本の防衛体制に揺るぎがないことを示すのが抑止力の本質です。その点で2011年の総火演にも今年の空挺降下始めにも、特別な意味があります。オスプレイの本務は島嶼防衛であり、今回の災害派遣に投入しないのも意味があるのです。