「ぜひ金沢市で観光を!」は本当に被災地支援になるのか? 今、全国民ができる本当の支援方法とは。「モノの消費こそ、チャリティではカバーできない強さを持つ」

“被災地支援”の名のもとに、比較的被害が軽微であった金沢市への観光を呼びかけるシーンをメディアなどで目にするが、実は誘客効果が乏しかったり、支援関係者の宿を奪ってしまっているのが実情だ。ダークツーリズムの第一人者で、金沢市在住の著者が「今、全国民ができる本当の支援方法」を考える。
1月1日に能登半島を中心とした地震が起こり、多くの方が被災し、また亡くなられた。心からお見舞いとお悔やみを申し上げたい。他方、同じ石川県内でも県庁所在地である金沢市は能登と比べるとハードウェアなどの被害が比較的軽微であり、外形上、日常が戻っているように見える。とはいえ、観光客の宿泊キャンセルが相次ぎ、ひがし茶屋街など金沢市内の代表的な観光地は閑散としている。そのため、観光客の来訪が少ない状況を嘆く地元放送局のアナウンサーが、金沢への観光を首都圏のメディアを通じて呼びかけたということもあった。
国の特別名勝に指定されている金沢の兼六園
この呼びかけは善意からのものだろうが、実際に意味を持つのだろうか? 能登と金沢を例に、今後日本で災害が生じた際の「被災地と近隣拠点都市の観光」について、普遍的な視点から考えてみたい。筆者は20年以上、災害と観光の関係を研究してきたが、大規模災害直後は被災地にほど近く、街の機能が残っている場所に復旧・支援の前線基地が出現する。阪神・淡路大震災の時は被災直後から大阪市内のホテルが満室状態となり、予約できなかった報道関係者は姫路あたりに宿を取っていた。東日本大震災では岩手の花巻温泉や福島県のいわき市が同様の機能を担った。今回の地震でも能登に隣接する金沢市内のホテルはほぼ満室状態が続いており、日経MJの1月18日付報道によると、月末まで空きがほとんどない状態だ。ためしに筆者も楽天トラベルやじゃらんnetを検索してみたが、ドミトリーや高級宿を除くとホテルの空きはとても少なく、復興需要がかなり大きいことがわかる。したがって、首都圏などに向けて金沢への観光を呼びかけても実際には観光客は宿泊できず、誘客効果は乏しい。また、宿泊施設で辛うじて空いている1~2室のシングル部屋などに遠方からの観光客がピンポイントで泊まると、支援関係者が前線基地となった金沢に入りにくくなったり、長期滞在が必要な支援者が一か所に留まれなくなるなど、災害復旧のロジスティックスが複雑化しかねない。
では、どうすればよいのだろう?観光は大きな「生態系」で成り立つ。経済的な循環という観点から分析すると、いわゆるアゴ・アシ・マクラ(飲食・交通・宿泊)と物販、そして観光施設やイベントの収益などから構成されている。ところが、近隣で巨大災害が起こると、このマクラ(宿泊)が復旧・支援のために使われるため、宿泊がない状況での観光支援が必要となってくる。しかも、観光に関係する経済は現地でしか消費ができないという特殊性もあり、こうした状況下で観光産業を支援するためには、宿泊の必要のない地元民が近場の観光地に足を運ぶなどして支えなければならない。このとき、役に立つのがコロナ禍で経験したマイクロツーリズム(近場の観光)のノウハウだ。1月23日現在、金沢の代表的観光地である金沢21世紀美術館は当面の閉館を決めており、兼六園も一部(と呼ぶには結構広いと思うが)立ち入り禁止区域がある。遠方からの観光客がこうした状況を事前に把握し、旅程を組むのはかなり難儀と言える。
閉館中でひっそりとしている金沢21世紀美術館
しかし、地元民ならこのあたりの調整はお手の物である。どこが閉まっていて、いつ再開するかという情報は日常の地元ニュースで手軽に仕入れることができるし、土地勘もあるので移動時間なども読みやすい。そもそも、人は地元の観光地には実はあまり行かない。金閣寺に行ったことのない京都市民は相当数いるし、私も自宅近所にある観光地の忍者寺(妙立寺)を訪れたことがない。そこで観光客が少ない今だからこそ、地元、あるいは日帰り可能なエリアから金沢の観光地を訪れ、北陸の文化への理解を深めるという観光支援を考えてみてはどうだろう。また、ホテルにとって宿泊と並ぶ収益の柱であるバンケット(宴会)を安易に「自粛」することは地元観光産業を苦しめることになる。被災者を思えば一定の節度は必要だろうが、地元民だからこそ宴会をキャンセルせずに、社交を続けてほしい。
以上に加え、東京など遠方からの観光客でも被害の少ない加賀温泉あたりを鉄道で訪れるなどの場合は、金沢で途中下車をして日中の観光を楽しむということも可能だろう。もうひとつ、遠方からの有力な支援方法がある。現地消費が基本となる観光産業において、遠隔地での数少ない支援可能な領域が物販である。全国にある石川県のアンテナショップでは様々な名産物が売られており、その中には被災地の伝統産業にまつわる商品も多い。多くの工房が甚大な被害を受けた輪島塗もそのひとつだ。現地では生産体制の復旧がすでに議論の俎上に上がってきており、今回の震災を機に都市部の中間層が石川県の漆器に関心を寄せるようになれば、将来の販路拡大も期待できる。家庭に石川県の産品があれば、モノから場所への興味も広がり、被災地支援の輪が広がる可能性にもつながる。現在、ふるさと納税を受け付けていない被災地もあるが、ふたたび制度が利用可能になった際には被災地の産業支援という観点から、ぜひ石川県の返礼品を楽しみながら選んでほしい。それはふるさと納税という制度が元来持つ趣旨とも合致する。
2022年度のふるさと納税の寄付総額が9654億円で、3年連続で過去最高を更新。今年は被災地の産業支援の観点からぜひ石川県の返礼品を選んでほしい
被災地支援は一過性のものではなく、息の長い関わりが大切となる。折に触れて「被災地がどうなっているのか」を全国の人々が共有し、被災地を精神的に孤立させないためにも、チャリティではカバーできない強さを持つ、モノの消費を通じた経済の交流が重要となる。文/井出明