〈宮城・教師パワハラ自死問題〉「他人事ではない」と全国の教師たちが悲鳴「年上教師に『お前とは一生働きたくない』と言われた」「生徒の前で“無能”と罵倒された」「注意をすれば自分が標的になる」

2月2日、宮城県内の59歳の男性教諭が2020年に30代の女性教諭に対して、仕事で執拗に追いつめるなどのパワハラ行為を行い、女性教諭が自死していたことが明らかになった。その陰湿な内容や、男性教諭が受けた処分がわずか停職3か月だったことが注目を集めている。学校の教育現場においても働き方改革が進んでいるとはいえ、文部科学省が公表した2021年度の教育職員の精神疾患による病気休職者数は5897人と過去最多を記録。未だにこのような事態が起きるのはなぜか。現役教職員たちの声を聞いた。
今回の経緯について宮城県教育委員会の担当者に改めて聞いた。「59歳の男性教諭が30代の女性教諭に対して行ったパワーハラスメントは、令和2年6月2日の会議の場で執拗に追い詰めたことから始まったようです。その後、男性教諭は業務伝達をメモにして女性教諭の机に置くことになりましたが、業務伝達だけでなく、非難するような内容も複数ありました。我々もその現物メモを確認しています」校長が男性教諭に対してメモ伝達をやめるよう指示し、以降の意思疎通は校長を通して行う決まりとなったが、それでも男性教諭は女性教諭の机にメモを置き続け、さらに10月22日には、決定的となる“手紙”を置いたという。
取材に応じる県教委(NHKより)
「そこには『仕事はいっさいお願いしません。会議にも出ないで下さい』というような内容が書かれており、メモというには長文だったので手紙と我々は表現しています。女性教諭は翌23日に自死され、当該校からその直後に報告がありました。その後、59歳の男性教諭をはじめとした関係者に聞き取り調査を行い、今回の公表に至りました」(前同)県教委は2月2日付けで停職3ヶ月の処分を下した。男性教諭は現在、県内の他の学校に勤めており、女性教諭の自死については「本当に残念です」「二度とこのようなことはしない」と述べるなど、復職の意向を示しているという。
宮城県庁
「宮城県教育委員会が定めている懲戒処分の原案の基準では、パワハラを行った職員への処分は『戒告・減給・停職』と3つの種類があります。今回の事案を審査した上で停職にすると決まり、月数は3ヶ月となりました。処分が軽いという世間の声はご意見として耳を傾けますけど、総合的な判断で3ヶ月と決まったものですから、これについてコメントはできません」(前同)
一連の報道を見て「他人事ではないです」と語るのは、宮城県の近県で去年3月にまで小学校教員をしていたAさん(27歳)だ。今は教員を退職し、異業種の営業職に就いており「日々、健康的に過ごせてます」と言う。「教諭時代、週に一回の学年会議の時間は新任の私へのお説教タイムでした。みんなの前で『〇〇ができてない』『クラスが落ち着いてない』『授業も遅れてどうするの』と何人もの先生に責め立てられました。特に生徒の目の前で私の指導に対し『〇〇先生、何してるの!』と大声で怒鳴られた時は辛かったです。生徒に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいで罪悪感さえありました」他の教諭からは、就業規則で定められた出勤時間よりも早い時刻の登校を求められた。「出勤時間は7時45分から8時の間と決められていたのですが、『7時15分に出勤し、遅くとも7時30分には教室で生徒を迎え入れて』と言われました。次第に不眠になり、朝早く夜遅い日々の業務で疲れが取れなくなりました。月曜日になると学校に行きたくなくなり、心療内科に行きたい旨を話すと『部活はどうするの?』と言われ、同僚たちからも『ふざけんなよ』と給湯室で悪口を言われました。ある先生の送別会で『お前とは一生一緒に働きたくない』と直接言われたこともあります。それらに耐えられなくなり病休しました」
学校(写真はイメージです)
Aさんは誰にも相談できなかったという。「同僚の先生が怖かったです。1年目の時には休むという選択肢も自分の中でなかったので、車での通勤時に『ガードレールに突っ込んだら楽になるのかなぁ』と思ったこともあります。去年3月に教員生活3年で退職した理由は、仕事の大変さはもちろんですが、同僚との関係悪化が大きいです。今は異業種の営業ですが、同じようなことはないので毎日やりがいを感じています。とにかく、パワハラやいじめに遭ったら逃げるしかないと思います」また、埼玉県の公立高校に勤める男性教諭のBさん(27歳)は「とくに定年前の50代教諭は厄介なんです」と言う。「学校には校長と教頭以外に主幹教諭という立場の人がいるんですが、私が勤めていた学校の50代の主幹教諭は、その日の機嫌のよし悪しで態度が変わる人で、特に新任イビリがすごかった。叱り口調で話すか、ひどい時は新任教諭の挨拶も無視するほどでした。周りもそれを見ていましたが、その主幹教諭に何か意見しようものなら『自分が標的になるんじゃないか』と誰も注意ができない状況でした」
写真はイメージです
神奈川県の公立高校で非常勤職員として働いていた公認心理士のCさん(43歳)も主幹教諭のこんな一面を見たという。「私が見た定年前の男性の主幹教諭は、カーッとなると職員室で大声で怒鳴り散らす人でした。ある女性美術教師が見かねて『その態度はおかしいですよ』と注意をしたら、その日を境に美術教師への執拗なパワハラが始まりました。校内で主幹教諭が美術教師を執拗につけ回し、生徒を指導している姿を見て『そういう言い方はないんじゃないですか』と突っかかったり、『あなたの指導はなってない!』とのメールを送ったりと、精神的に追い詰められたそうです。校長に相談しても主幹教諭と仲がよかったため、問題にはしてもらえなかったそうです」
その美術教師は「校内に味方となる人はいない」と判断し、市の教職員組合に相談したが、まともに取り合ってもらえなかったという。「パワハラの記録をつけたり、周囲の証言を集めることを求められたりしたようですが、これらには手間がかかりますし、何より、主幹教諭の報復が怖くなったそうです。結局は泣き寝入りしたそうですが、この職場では同様のケースは多いと思います。何が怖いかって、私のいた学校はいまだに住所録が存在していて、すべての教諭の住所が閲覧できるんです。それに教師は一般企業と違ってテレワークもないですし、一緒に過ごす時間も長いので嫌な一面を見ることも多い。そうなるといじめやパワハラがあってもやり過ごしたり、スルーするのが当たり前の風潮があります」そのため、パワハラ問題で弁護士に相談する教諭も少なくないという。学校問題を多く取り扱うレイ法律事務所の髙橋知典弁護士は言う。「私が相談を受けた事例は30代の女性教師でした。力を持った先輩男性教師から、生徒の監督ができていないなどと強い指摘が繰り返されるばかりか、『あなたは無能だ』と口頭で人格否定までされ、結果的に担任を外されてしまいました。その女性教師は心療内科に通い、休職することとなりました」今回の宮城県教育委員会の処分についてもこう述べる。「同僚に対してパワハラをする人間が、はたして子どもに対して『いじめはいけない』と指導することができるのか、という問題があると思います。自らパワハラしてしまう教諭には、子どものいじめという繊細な問題を対処することはできないでしょう。やはり停職3ヶ月というのは甘すぎるのではないかと思います」
宮城県庁
一般社団法人クレア人財育英協会の理事で雇用クリーンプランナーの大田勇希氏は言う。「納得できないのは今回の県教委の懲戒処分の考え方です。2019年5月のパワハラ防止法成立をはじめ、2022年4月からは全企業でパワハラ対策が義務化されていますが、教育委員会ではパワハラに免職規定を設けていません。さらに今回の事件では、3年4ヶ月もかけて出した結論が、当時の原案基準を適用した『妥当な処分と考えている』という自己本位ともいえる見解で、時代に見合った対策が取れていないことを自ら明らかにしているといえます」宮城県教委は今月13日、臨時の県立学校長会議を県庁で開き再発防止の対策を示すというが、教育現場において教職員同士のいじめやパワハラはいつになったらなくなるのだろうか。
文科省