2月7日、群馬県伊勢崎市の公園で小学生らを含む12人に犬が噛みつき、5人が緊急搬送された事件。噛んだ犬は国内で絶滅寸前と言われている四国犬だった。犬の飼い主は計7頭の四国犬を飼育する愛犬家だったようだが、市役所への登録は3頭だけで、予防注射の記録もおよそ10年前が最後だという。一体どんな飼い主だったのか。関係者に話を聞いた。
飼い主は事件のあった公園からほど近い家に住む会社経営者で、四国犬は自宅から逃げ出したものだという。目撃者が言う。「午後4時頃に犬が入ってきて、公園内で遊んでいた犬嫌いの子どもが“きゃー”と言って逃げた途端、その子を追いかけて噛みつき、次々と噛んでいった。犬の体長は1m30㎝ほどで茶色とグレーの色をしていました。警察が駆けつけて捕獲するまでは大パニックでした」一体、なぜ犬は自宅から脱走したのか。飼い主と30年近く付き合いのある友人に話を聞いた。「先ほど、本人と会ってきましたが、相当憔悴しきっていました。申し訳ないと…。本人いわく、ちょうど家のペンキの塗り替えをして外回りに足場を組んでいたんです。おそらくそこから外壁をよじ登り出て行ってしまったんじゃないかと話しています。外壁は見てもらえればわかりますが、かなり高いフェンスになっていて、カンガルーくらいジャンプ力がないと飛び越えられない。普段はゲージに入れていて、夜は家で過ごしていたようですね。でもね、犬たちが鳴いているのをよく聞きました。それでたまに庭に出したりしてたようなんです」犬を7匹、しかも絶滅寸前と言われているほど貴重な四国犬をなぜそんな多頭飼いしているのかと聞くと「ちょっと抜けたところがある人で」…と口ごもる。
四国犬(写真/アフロ)
「最初は1匹、2匹で、そのうちだんだん増えたんです。なんで四国犬なのかはわからない。でも愛情があるからどんどんと増えて、おそらくみんな家族みたいな存在だったんじゃないかな。本人はブリーダーとかではないけど、貰い手もつかないと話していたこともあります。あまり後先を考えていなかったのかもですね。たしか一番上の子が12歳のようでした」ふだんから散歩はしていたのだろうか?「朝の散歩は欠かさずしていましたよ。朝5時頃からしていたと思います。仕事より何より犬が大事な人でしたからね。とはいえ家は犬中心で建ててはいないから、犬にとっては手狭な庭だったのかもしれませんね」とはいえ、そんなに奇抜な家庭でもなかったという。「お子さんも3人いて、普通の家庭ですよ、子どもは成人になってますし…ごくごく普通の家庭です」
近所の住民らに話を聞いても、この飼い主を悪く言う人はあまりいなかった。近隣に住む30代女性は言う。「飼い主さんのご夫婦はふだん会えば挨拶して下さる、感じのいい人で、こんなことになって驚いてます。ワンちゃんが増えたり大きくなるにつれて、塀を高くしたり、注意書きの張り紙を貼ったりもしていました。ただ、ふだんから庭の中でリードをつけていないのは気になりましたが、散歩の際にはリードをして、歩行者にも近づけないよう気をつけていましたよ。でも、報道によれば狂犬病の予防接種をしていなかったなんて…これには驚いてます」近隣住民の60代女性も飼い主やその妻のことを悪くは言わなかった。「ご夫婦もとてもよい方々なので残念です。いつも散歩は早朝5時頃と20時頃にしてるんですけど、他の家のワンちゃんたちの散歩の時間になるべく被らないようにしてくれてたんです。道ですれ違うことがあれば、ワンちゃんを立ち止まって抑えて『どうぞ』と道を譲ってくれたり。塀にも『猛犬がいるから気をつけて』っていう張り紙をしてるし、柵も犬が顔を出せないようにしていたんですよ」
四国犬は狂犬病の予防注射を打っていなかったという(写真はイメージです)
しかしながら、四国犬を専門に扱うブリーダーからは「今回の一件で四国犬のイメージダウンにつながるのは非常に残念だし、悔しいです」という声も上がる。「四国犬を保存し、守るために頑張って日々活動している私にとってみたら、本当に残念で悔しいです。確かに飼い主以外に懐かない傾向の強い犬種ですが、性質はとても優しいです。猟犬種としての特性を理解し、管理を怠らず適切な環境で育てさえすれば、最高の相棒となる素晴らしい知能を持つ犬種です。その手間や設備投資を惜しむ人には飼って欲しくないと思います」(四国犬を専門に扱うブリーダー)続けて、四国犬がいかに貴重かも訴える。「去年、日本で生まれた四国犬の子犬は175頭で、その内のほんの僅かな犬だけが子孫を繋ぎます。また、繁殖者の高齢化により引退する犬舎が多く、殆どの子犬は血を残すことのない環境に行ってしまうのです。今回の報道によって『怖い犬種だ』とか『噛み癖のある犬だ』なんてイメージが広がってしまったら本当に悲しいことです」
「まねき猫ホスピタル」の院長で獣医の石井万寿美氏は「今回は何より、狂犬病の予防接種を怠っていたことが非常によくないと思います」と言う。「今回の報道で私が一番驚いたのは、狂犬病の予防接種を一度も打っていなかったという点です。日本には狂犬病予防法という法律があり、犬の所有者は犬を取得した日(生後90日以内の犬を取得した場合は、生後90日を経過した日)から30日以内に、狂犬病予防注射を打って、その犬の所在地を管轄する市町村長に登録を申請しなければならないのです」石井院長によれば昨今、国内では狂犬病は発生していないが、海外では発生しているため「飼い主が予防接種の徹底を意識しなければいけない」と指摘する。
東南アジアの路上でタムロする犬(写真はイメージ)
「国内では昭和31年(1956年)を最後に、狂犬病を発症して人間が亡くなったケースはありません。しかし海外では今も狂犬病が発生しているので、犬に噛まれたら注意をしなくてはいけません。もちろん、噛まれた後にワクチンを打てばほぼ発症はしないですが、もし仮にワクチンを打たずに狂犬病を発症すれば効果的な治療法はなく、ほぼ100%の方が亡くなります。いくら60年以上、日本で狂犬病が発生していなくても注意は必要です」狂犬病を発症すると、どうなるのか? その恐ろしい症状も聞いた。「通常は咬まれてから30~50日後に狂犬病ウイルスが脳や脊髄に到達して発症すると言われています。その症状は、発熱、頭痛、全身のだるさ。さらに錯乱し、強い興奮状態に陥ります。さらに幻覚や不眠症が生じて奇妙な行動をとったり、唾液が大量に出ます。狂犬病は発話や呼吸を制御する脳領域を侵すため、喉頭の筋肉がけいれんします。このけいれんは耐えがたいほどの痛みを伴うのです。そよ風にあたったり、水を飲もうとしたりするとけいれんが誘発されるため、狂犬病の患者は水を飲めなくなります。このため、狂犬病は恐水病とも呼ばれているのです。発症から2、3日で昏睡状態に陥り死に至ります」
予防接種を打つ小型犬
ネット上では噛みついた四国犬を批判する人はほとんどおらず、狂犬病の予防接種を怠っていた飼い主への批判が高まっている。今後、すべての犬の飼い主は予防接種を徹底してほしい。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班