森喜朗、安倍晋三、菅義偉は東京五輪不正にどう関わっていたのか? “キーマン”高橋治之が保釈後初インタビューで証言

これで、東京五輪不正の背後にあの連中がいたことが、ほぼ確定的になったと言っていいだろう。
東京五輪汚職事件で逮捕・起訴されていた高橋治之・東京五輪組織委元理事のインタビューが今週発売の「週刊文春」(文藝春秋)に掲載された。
高橋被告がメディアの取材に応じるのは保釈後はじめてのことだが、「文春」の取材時間はのべ7時間に及び、高橋被告は起訴理由の否定から検察の事情聴取の中身、拘置所での生活、組織委の実態まで、かなり濃密なエピソードや新事実を語っている。
しかし、そのなかでも注目すべきなのはやはり、高橋被告が、森喜朗・組織委元会長、安倍晋三・元首相、菅義偉・前首相の関与について言及したことだ。
まず、森喜朗・組織委元会長について、高橋被告は何を語っていたのか。
周知のように、森元会長といえば、東京五輪の会場工事や業務委託、公式スポンサーの選定を牛耳りっていると言われ、“五輪の黒幕”と目されてきた存在。スポンサーからの金銭授受も取り沙汰され、高橋被告への贈賄で起訴され有罪が確定したAOKIホールディングスの青木拡憲・元会長が森元会長にも現金計200万円を渡していたという報道もあった。 また、高橋被告とともに、逮捕されたKADOKAWA、AOKI、ADKなどのスポンサーからの高額接待を頻繁に受けていたことも明らかになっている。
森会長はいわば、高橋被告のバックにいて、司令塔として東京五輪利権で私腹を肥やしていたというイメージだったが、しかし、当の森元会長は検察の取り調べで、「(高橋被告に)スポンサー集めなどのマーケティングを担当してもらうことにした」「スポンサー集めはマーケティング担当の高橋被告がまとめていた」と主張。検察は森元会長の供述に基づき、高橋被告には贈収賄罪の成立に不可欠な職務権限を有していたとして高橋被告のみを受託収賄罪で立件し、森元会長はなんの刑事責任も問われなかった。
一方、高橋被告はこれに猛反発。「理事会にはマーケティングに関する議決権はなく、(自分のような)理事にスポンサーを募るなどの職務権限は認められていなかった」として、スポンサー選定などのマーケティングは、森氏の専権事項だった主張している。1月31日に東京地裁でおこなわれた公判では、高橋被告の弁護人が「裁判長! (森)元会長の証人尋問をお願いします」と森氏の証人尋問を要求したことが話題となった。
今回の記事でも、高橋被告は同様の主張を展開している。「森さんが勝手なことを言っているだけ」「事実に反した森さんの供述で、僕は逮捕されてしまった」と発言。そのうえで、AOKIホールディングスの青木元会長が森元会長に現金計200万円を渡したとされる件の裏話を暴露しているのだ、
高橋氏は「青木さんが森さんにお金を渡した現場は見ていないから、詳細は分かりません」としつつ、事前に、青木元会長から「お見舞いにいくら渡せばよいでしょうか」と聞かれて、当時、森会長が肺がん治療に使っていた新薬の名前を持ち出し、「オプジーボは1回300万円ですよ」とアドバイスしたことを認めている。
AOKI側が森元会長に現金を渡していたという報道は、青木元会長が検察の取り調べで供述したことが根拠とされていたが、当の森元会長は、事実関係を完全否定していた。だが、今回の高橋被告の証言を考えると、少なくとも青木元会長が森氏に金を渡そうとしていたのは間違いないと言っていいだろう。
今回の高橋被告のインタビューが露わにしたのは、森元会長の問題だけではない。もっと衝撃的だったのが、安倍晋三・元首相が東京五輪招致をめぐる不正行為にお墨付きを与えていたことを、高橋被告が認めた点だ。
高橋被告は、東京五輪に本格的に関与することになったきっかけについて「安倍晋三元首相から招致を頼まれたんです」と明言。しかし、安倍氏からの申し出に対し、高橋被告は「五輪というのは、終わってから『帳面を出せ』とか『記録を出せ』と言われて、事件になることがある。だから、僕は表だってはできません」と断ったという。だが、安倍氏は引き下がらなかった。
「安倍さんは、『絶対に迷惑がかからないようにします。それは僕が絶対に保証します』と仰るのです。だから、僕は安倍さんの言葉を信じて招致に関わるようになった。それがこんなことになってしまって。正直、『参ったな。何言ってんの』という気持ちです」
じつはこのエピソードは、1年ちょっと前にも報道されていた。安倍氏が高橋氏に招致活動を依頼する際、「大丈夫です。絶対に高橋さんは捕まらないようにします。高橋さんを必ず守ります」と約束していたと、「文藝春秋」2022年10月号が報道したのだ。
一国の総理大臣が不正行為にお墨付きを与えていたというこの問題は、ネット上で大きな話題となり、本サイトでも取り上げ、検証記事を掲載した。
このときは証言者が匿名だったこともあり、マスコミはほとんど取り上げなかったが、安倍元首相が「事件になっても高橋氏の責任は問わない」と約束していたのは、事実だったのである。
今回のインタビューでは、当時官房長官だった菅義偉・前首相も五輪の不正な招致活動に重要な“役割”を果たしていたことが明らかになった。高橋被告はこう証言している。
「五輪招致に関わるようになったといっても、現職総理の安倍さんとはなかなか連絡がとれない。安倍さんからは、『官房長官と連絡を取ってください』と言われたので、菅(義偉)さんに連絡すると、『安倍総理から全て伺っています。いつでもおいでください』というので、菅さんとしょっちゅう会って報告などをしていました」
安倍首相が司令塔となって高橋被告を五輪招致の工作を依頼し、菅官房長官が実務を担う。この構図は、馳浩・石川県知事が“暴露”した招致工作とも合致するものだ。
馳知事は昨年11月、東京五輪の招致活動時に安倍首相から「必ず勝ち取れ。カネはいくらでも出す。官房機密費もあるから」と檄を飛ばされたと発言。IOC委員たちの選手時代などの写真をまとめた1冊20万円もの「想い出アルバム」を100人あまりいた委員の全員分を作成し、馳氏は「それを持って世界中を歩き回った」という。さらに、この馳発言がきっかけとなって発掘された招致当時の馳氏のブログでは、安倍首相からの指示を受け、菅官房長官に「想い出アルバム作戦」などについて報告した際、「安倍総理も強く望んでいることだから、政府と党が連携して、しっかりと招致を勝ち取れるように」と発破をかけられた、と記述していた。
使途公開義務がなく事実上の“裏金”となっている官房機密費が、買収を疑われかねない招致工作に悪用されていたことは重大な問題だが、高橋被告も同じように、安倍―菅ラインという政権の中心と連携を密にするかたちで東京五輪にかかわっていたということになる。
今回の高橋インタビューではもうひとつ、大きな疑惑への裏付けもとれた。
それは、五輪招致でIOC委員買収の費用として、セガサミーホールディングスの里見治会長が、森元会長が代表理事を務めていた一般財団法人「嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター」に5億円を振り込んだとされる疑惑だ。
この疑惑は、「週刊新潮」(新潮社)2020年2月20日号が報じたもので、記事によると、五輪の東京開催が決まった2013年秋ごろ、セガサミーの里見会長が東京・新橋の高級料亭で開いた会合で、テレビ局や広告代理店の幹部を前に「東京オリンピックは俺のおかげで獲れたんだ」と豪語し、こんな話をはじめたというのだ。
「菅義偉官房長官から話があって、『アフリカ人を買収しなくてはいけない。4億~5億円の工作資金が必要だ。何とか用意してくれないか。これだけのお金が用意できるのは会長しかいない』と頼まれた」
このとき、里見会長は「そんな大きな額の裏金を作って渡せるようなご時世じゃないよ」と返したが、菅官房長官は「嘉納治五郎財団というのがある。そこに振り込んでくれれば会長にご迷惑はかからない。この財団はブラックボックスになっているから足はつきません。国税も絶対に大丈夫です」と発言。この菅官房長官からの言葉を受け、里見会長は「俺が3億~4億、知り合いの社長が1億円用意して財団に入れた」とし、「菅長官は、『これでアフリカ票を持ってこられます』と喜んでいたよ」と言うのだ。
菅官房長官が頼み込むかたちで森元会長の財団に振り込まれたという、IOC委員買収のための裏金疑惑──。もし、里見会長に買収のための資金提供を依頼していたのが事実ならば、菅首相は官房長官という国の中枢の要職に就きながら五輪の招致を金で買うというとんでもない悪事に手を染めていたことになり、森元会長も買収に関与していた可能性が出てくる。
そして、この“里見マネー”について、高橋被告も今回の「週刊文春」インタビューでこのように言及しているのだ。
「招致活動をしていた頃、僕が里見さんのところへ行って協賛金を出してくれるようお願いしたら、里見さんは、『なに高橋さん。もうお金は出したよ、2億だか3億だか』 と言う。僕はびっくりして『どこに出したの?』と聞いたら、嘉納治五郎財団に出したというのです。聞けば、森さんの“一の子分”として知られ、後に組織委員会副会長も務めた河野一郎さんが頼みにきたといいます」
高橋被告の証言では、里見会長への裏金提供を申し出たのが菅官房長官ではなく、嘉納治五郎財団の理事長も務めた河野一郎・組織委副会長となっている。
しかし、菅官房長官はカジノの旗振り役であり、一方の里見会長は当時からカジノ参入を狙っていた関係。カジノ関係者のあいだでは「菅官房長官とセガサミーの関係の近さをもじって”スガサミー”とまで呼ばれている」という声が上がっていたほどだった。さらに、2014年には菅官房長官と里見会長、横浜市の林文子市長(当時)と3人で密会していたとも報じられている。そのため、里見会長の資金提供は、安倍政権でのカジノ解禁、さらに横浜カジノへの参入を目論んで菅官房長官に恩を売ったのではないか、と囁かれてきた。
今回、高橋被告がインタビューで菅官房長官の名前を意図的に伏せたのか、里見会長が嘘をついたのかは、判然としないが、五輪買収工作のため、里見会長に嘉納治五郎財団への数億円もの資金提供を依頼したという点では、一致している。森元会長が代表理事を務める財団が、IOC委員買収のための資金集めの“ブラックボックス”の役割を果たした可能性は非常に高いと言わざるを得ないだろう。
実際、この里見マネー以外にも、嘉納治五郎財団は招致委から約1億4500万円が支払われていたとロイターが報道。2020年11月にトーマス・バッハIOC会長の来日時におこなわれた記者会見ではロイターの記者が直接、当時の森会長に「これは何のために使ったのか」とぶつけたのだが、この直後の2020年末、嘉納治五郎財団は活動を終了。疑惑の深掘りを恐れ、慌てて畳んだのではないかと見られている。
高橋被告は「里見さんには別途、招致委員会に直接、協賛金を振り込んでもらいました。嘉納治五郎財団がどのようにお金を使っていたのかはわかりません」と話しているが、たしかに、謎の金の流れや財団を閉じたあとの資産の行方など、森元会長が説明すべき問題であることは間違いない。
高橋被告の証言で改めて浮き彫りになった森元会長、安倍元首相、菅前首相の関与。しかし、同時に思い知らされたのが、この国で大物政治家や国家的事業の不正を追及することの難しさだ。
濃厚な疑惑が浮上しているのに、弱腰なマスコミはほとんど報道ができず、権力に忖度する検察はトカゲの尻尾きりでお茶を濁す。その結果、疑惑の本丸は放置され、不正はうやむやになって、いつのまにか立ち消えてしまう。今回のように、少し後になって、当事者が裏付け証言をしたところで、もはや「後の祭り」でしかない。
このままいけば、自民党の裏金問題や大阪・関西万博でも同じようなことが繰り返されるだろう。
たとえば、大阪万博をめぐっては、吉村洋文・大阪府知事の政治資金パーティ券を高額購入していた大和ハウス工業が、万博事業を受注。さらに、万博会場兼カジノ用地である夢洲は、大阪府・市の特別顧問であり“菅前首相の懐刀”と呼ばれた和泉洋人・元首相補佐官が開発を取り仕切っているが、松井一郎・前大阪市長が和泉氏を特別顧問に選任するよう指示した同時期に、和泉氏は大和ハウスをはじめ、少なくとも9社の大手住宅メーカーや建設、不動産関連の有名企業に月100万円のアドバイザリー契約を持ちかけていたと「週刊現代」(講談社)が報道している。そればかりか、カジノ用地賃料が大幅値引きされた鑑定をめぐる談合疑惑や公文書隠蔽など、さまざまな疑惑が渦巻いている。
しかし、これらをきちんと追及しているのはごく一部のメディアやネットのみ。大阪万博が東京五輪の二の舞にならないためにも、新聞・テレビは自らの使命をいま一度、再認識すべきだろう。