3・11を乗り越えた雄勝硯の手彫り職人の遠藤弘行さん「本物を残していく」…東日本大震災から13年・未来へ

約600年の歴史を持つと言われる石巻市雄勝町特産の雄勝硯(すずり)。硯職人の遠藤弘行さん(71)は東日本大震災で工房が全壊し、父の代からの数々の作品を流された。悲劇から立ち直り、被災から13年経った今も、手彫りでの伝統工芸を守り続けている。
遠藤さんの右肩の下は黒く変色している。原石の玄昌石を彫る時は、肩にノミを当てて体全体を使って手彫りするのだ。黒い痕(あと)は大正11年(1922年)生まれの父、故・盛行さんから技を受け継いだ職人の証。33歳の時に「エンドーすずり館」を創設して以来、硯のふるさと・雄勝にふさわしい作品を彫り続けてきた。
震災に見舞われたのは創設して25年目のことだった。4メートルの防潮堤を越えて押し寄せた津波は工房をのみ込み、父の遺作をもさらって行った。25年ローン完済の年に重なった悲劇。「しばらく客も来ないだろう。これで仕事も終わりかな、と思った」と振り返る。
約1年後、ようやくガレキ撤去作業を始めると、父や自身の作品の一部が見つかった。「また彫れ、ということなのかな」。その翌日から手彫りを再開。物置小屋での再スタートだった。
国の伝統工芸品にも指定されている雄勝硯には生産販売共同組合もある。だが、精製、デザイン、手彫りなどをすべて自分だけの手で仕上げることにこだわる遠藤さんはそこに属さずに独力を貫く、現役では唯一の職人だ。体力的に厳しく感じることもあるが、購入者から届く喜びの声が何よりの励みだという。
ある書家は遠藤さんの硯ですった墨を使った達筆で「中国の名品と遜色ない」としたためてきた。またある人はYouTubeに、あっという間にきめの細かい墨がすれる様子を伝える動画をアップしてくれた。遠藤さんは「プロに認めてもらえるのは何よりうれしい」と話す。
最大の危機だった震災を乗り越えて13年。古希を超えたが、今のところまだ後継者はいない。「本物を残していきたい。もし今からでも彫りたい人がいれば」。伝統を受け継ぐ人が見つかるまで、一人でノミを打ち続ける。
(甲斐 毅彦)