地震発生5分後に津波到達するも「死者はゼロ」 “奇跡じゃなかった”事前の準備 自主的に作った名簿が1人の命を救う

能登半島地震で、津波死者ゼロだった町に学ぶ「備え」。住民の意識をどう高めるか。奔走する三重県の男性を追いました。
元日の午後4時10分に発生した能登半島地震。珠洲市内で撮影されたドライブレコーダーの映像には、地震発生から40分程度で津波が押し寄せたことが記録されていました。
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今回の地震では石川県内で4メートル以上の津波が押し寄せたとみられ、2人が死亡しました。津波による死者は、どうしたらゼロにできるのか。
三重県の最南端・紀宝町。(紀宝町・鵜殿区自主防災会 森倉賢一郎さん)「あっち、あっち!」津波避難訓練で住民を先導するのは、地元の自主防災会で代表を務める、森倉賢一郎さん(73)。
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(森倉さん)「何分かかったとか、わかる?」(子ども)「分からない、計ってないから」(森倉さん)「えっとね…13分」(森倉さん)「本当は走って逃げてほしいけど、高齢者とかが多いので、走るのは無理なんで…」
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紀宝町は、南海トラフ巨大地震で地震発生から約5分後に、最大で11メートルの津波が押し寄せると予想されています。最悪のケースで人口の1割、約900人が死亡する想定で、年に一度、津波の避難訓練を重ねています。
(中道陸平記者)「こちらの備蓄倉庫には、お茶などの共用品に加えて住民一人一人の名前が書かれた衣装ケースが並んでいます」(森倉さん)「食べ物とか薬をちょっと。あとは下着ですね」
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住民が行政と連携して津波対策を進めてきた紀宝町。中でも森倉さんは10年以上、防災に携わる中心人物で住民への津波避難に関する啓発や、避難経路の見直しなどに取り組んできました。そんな森倉さんがいま、必要だと感じているものがあるといいます。
(森倉さん)「ここの人は夫婦で…避難困難者ですよ。旦那さんは片足がないし…」
高齢者や障害者など避難に支援が必要な人は誰なのか。また、その人を誰が支援し、どこに避難するのか、あらかじめ決めておく「個別避難計画」の策定です。
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すみやかな避難や、安否確認に役立つ「個別避難計画」の策定は3年前の法改正で市町村の努力義務になっています。しかし…
(紀宝町・防災対策室 堀勝之室長)「隣近所でコミュニティがある中で、発災後の支援は不可能だし、行政側としてもまずは“自分の命”ということで、犠牲者をできるだけ少なくしていく」
「災害弱者」が確実に逃げるために、法律上は理想的な計画とも言えます。しかし、作業量が膨大になるうえ、個人情報も絡む作業は自治体の大きな負担になっていて、三重県内で策定できた自治体は1つもありません。
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一方、能登半島地震では住民の「事前の準備」で救われた命が。
能登半島の先端に位置する珠洲市狼煙地区。約50世帯100人が暮らすこの町には地震から5分たらずで津波が来たと言いますが、高齢化率が約6割と高く、100歳以上が3人いるにも関わらず津波の死者は「ゼロ」だったのです。
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地震のあと、住民は毎年行ってきた訓練の通り高台に避難し、すぐに80代の女性1人がいないことに気づくことができました。それには理由が…
(珠洲市・狼煙地区 糸屋敏夫区長)「これが自主的に使っている名簿です。(名簿で確認したら)1名いないことが分かって、あそこ家が潰れとる、生き埋めになっっているのではないかとなった」
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電話で安否確認をしたところ、女性が倒壊した住宅に“生き埋め”になっていることが分かったのです。
(珠洲市・狼煙地区 糸屋敏夫区長)「『逃げられない、出られない』と言うので4、5人で救助に行ってもらった。漏れずに安否確認ができた」
5年前に自主的に作られたこの名簿は、住民ほぼ全員の生年月日や電話番号などの情報のほか「個別避難計画」ほど具体的ではないものの、支援が必要な人が誰なのかも、記載していました。繰り返してきた訓練と、地域のつながりで作った「名簿」がもたらした津波死者ゼロは、決して「奇跡」ではなかったのです。
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こうした事前の備えについて、紀宝町の森倉さんは…
(森倉さん)「やっていかなあかん。個人情報どうのこうのというのをやりすぎると、防災の妨げになるかもしれない。(住民の意見を)聞きたいじゃなくて、聞くべき。聞いてああしようか、こうしようかと考えていくのが必要」
こうした中、紀宝町は去年、町の中心部・鵜殿区で地震や津波からの避難に関する冊子を新たに作りました。
(中道記者)「この冊子の作成には住民も関わっていて、避難ルートの危険箇所は住民の意見が反映されています」
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一人一人が地震後にどんな行動をとるかを決めて書き込むページには、当事者意識を高める狙いも。(紀宝町・鵜殿区自主防災会 早山泰高さん)「地震・津波タイムラインということで、これはご自身でご家族と相談しながら書いてくださいね」
この日は、自主防災会のメンバーらが講師になって実際の記入方法について勉強会が開かれました。紀宝町はこの冊子を町内すべての地区で作りたい考えです。
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(勉強会の参加者)「(冊子を)いただいた時にさっと見させてもらったが、実際に書くところまではいっていなくて、これから具体的に書き入れて、頭の中に刻み込んでおきたい」
一方、この地区の住民約240人のうち、勉強会に参加したのは30人だけ、森倉さんは課題を感じていました…
(森倉さん)「きょう集まってくれた人は防災への関心があるので、放っておいても大丈夫かなと思うが、きょう集まっていない人は放っておいたら大変なことになると思う。そういう人たちへの啓発っていうのが…。関心を持ってもらうのが一番大事なこと」
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津波死者ゼロを「奇跡にしない」ために、改めて認識された「事前の準備」の大切さ。しかし、一人一人の意識が高まらなければ被災地の教訓も新たな冊子も、意味をなさないのです。