処理水の海洋放出に地元漁師が明かす苦悩「国の保証は実情に沿っていない」【12年目の被災地:後編】

住民は戻らず賠償金裁判で溝も生まれた…“見せかけ復興”に被災者が感じる怒り【12年目の被災地:前編】から続く
福島第一原発では、現在も溶け落ちた核燃料を冷やすため、炉内に水を注ぎ続けている。核燃料に触れ汚染された水は放射能除去装置で処理されタンクで保管されているが、今年1月、処理水の海洋放出が、春から夏にかけて開始されることが決まった。
東電は基準値内のトリチウムしか含まれていないと言うが、過去に放射性のヨウ素やストロンチウムが規制基準を超えて処理水に残留していたことが明らかになっており、海洋放出に不安を抱く人は多い。
岸田首相は、昨年、被災地を訪れ「風評被害は生じさせないという決意を持って、対策に政府を挙げて取り組む」と語った。しかし、国が手配する放出による影響への対策は、地元の漁業者の実情に全く沿っていないと、相馬双葉漁業協同組合の今野智光組合長(64)は指摘する。
「’15年に国と東電は“関係者の理解なしに海洋放出しない”と約束しました。今回、私たちがなにをもって理解したと言えるのでしょうか。私どもの組合員の3分の2は沿岸漁業を営む小型船で、操業できるのは第一原発がある沿岸の海域だけ。
海洋放出による影響を受ける漁業者向けに500億円の基金が創設されることで“対応している感”を出していますが、基金による補助は燃料費や漁場開拓など、沖まで出て漁ができる大型船のプラスになることばかり。小型船の燃料費を補助されたって、大した支援にはならないんです」

国は風評被害で需要が減少した場合、冷凍可能な水産物の一時的な買い取りや保管を行うと言っているが……。
「小型船の主力であるヒラメやカレイは冷凍しての流通は不可能。地元の現状を考えていません」
原発事故後に、相馬双葉漁業協同組合には80人以上の後継者が新たに加わった。
「最近入った若い人たちは、廃炉まで30年も40年もずっと原発と付き合わないといけない。そういう人たちが今後も漁業をできるような環境を整えてほしいんです」
■原発事故の影響を「経営努力が足りない」と
処理水の海洋放出の影響を受けるのは漁業だけではない。福島第一原発の南22キロにあり、原発事故後も避難せず診療を続ける高野病院(広野町)の理事長、高野己保さんが語る。
「人口が大幅に減少したため、高齢者が多い地域医療を存続させるためには、県内外から医師や看護師、介護職などの医療スタッフ集めが喫緊の課題です。けれどある病院では、県外の医師の採用が決まりかけたときに海洋放出の話が出て、家族から“そんなところに行くな”と反対され採用に至らなかったケースもあります。
原発事故の影響を国や東電に訴えても“経営努力が足りない”と言われるだけでした。そして“(賠償金は)国民の税金ですからムダには使えない”と。そんなことはわかっているが、こんな状態にしたのはそもそも原発事故なのに」
これまでも自民党政権は〈被災者に寄り添う〉と利用しては裏切ってきた。たとえば「復興五輪」と銘打った東京オリンピックだ。

’13年、安倍晋三首相(当時)は、五輪招致を決める国際オリンピック委員会の総会で原発事故後の福島第一原発の状況を「アンダーコントロ―ル(制御下)」と演説。しかし、こぎ着けた五輪はむしろ復興の足かせになっていたという。高野理事長がこう語る。
「病院に隣接した定員40床の特別養護老人ホームがありました。原発事故の影響で計画が中断していた特養の増床を再度実施しようとしたんです。ところが東京五輪に向けた工事を優先したためでしょう……。建築資材の高騰や人手不足によって、建築費用が4億円から8億円と倍に跳ね上がってしまい、もう諦めざるを得ませんでした」
福島第一原発の事故がいまだ深い爪痕を残し、道半ばでしかない復興。しかし、岸田政権は防衛費の財源として、復興特別所得税の一部を転用する方針を固めている。
さらに’21年の総裁選で「原発の建て替えや新増設は想定していない」としていたのが、’22年8月の「GX実行会議」で原発の新増設や事故リスクが懸念される“老朽原発”の稼働も推進。いまだ苦しみが続く被災地の声は岸田首相の耳に”聞こえて”いるのだろうか。