栗山監督も学んだ 側近が伝える京セラ創業者・稲盛和夫さんの言葉…大田嘉仁著「稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉」

京セラ創業者・稲盛和夫さん(昨年8月死去、享年90)の側近を30年以上務めた大田嘉仁さん(68)は「最近、とてもうれしいことがありました」と明かした。自身の著書「稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉」(三笠書房、1650円)を野球のWBC日本代表・栗山英樹監督(61)に贈ったところ、丁寧な毛筆で返事があった。尊敬する人物の一人に稲盛さんを挙げる栗山監督は既にこの本を読んでおり、「世界大会にも必ずや活(い)かして参ります」と決意をつづっていた。(久保 阿礼)
大田さんは「カリスマ経営者」と呼ばれた稲盛さんを30年以上、近くで支えてきた。「多くのことを学んだ」という稲盛さんの言葉の数々を記したのが今回の著書だ。「成功を試練と思えるか、どうか」「過去を否定してはダメなんだ」「いいリーダーとは、現場の力を引き出すリーダーだ」「恐がり屋だから、周到な準備ができる」。稲盛さんの言葉を丁寧に解釈し、さまざまなエピソードを交えて記した。
「出版社から『自慢話ではなく、稲盛さんから注意されたり、怒られたりした言葉も書いてほしい』と要望があり、筆を執りました。京セラ、JAL(日本航空)時代、稲盛さんの言葉の力で奇跡のようなことが起きた話や失敗談もたくさん書いてあります」
大田さんは息遣いが聞こえるほど、長い時間を共有した。会議が予定された時間内に終わらず、会長室でも報告を続けたことがあった。多忙を極める稲盛さんは昼食のうどんを食べながら、報告に耳を傾けていた。大田さんが目の前にあった七味唐辛子には意識を向けず報告を続けると「なぜ、七味唐辛子を渡さないのか」と、稲盛さんの怒声が飛んだ。一瞬、「自分で取れば良いのに」との考えも頭に浮かんだ。だが、すぐに自分の心を見透かされていることに気づく。

稲盛さんは言葉を続けた。「相手を思いやる気持ちがないのは、自分のことしか考えないからだ」。そして、周囲に気を配りながら、謙虚な姿勢でいることの大切さを説いた。「少しぐらい仕事がうまくいっても、決して自分の成果だと思ってはいけない。謙虚でいれば、そういう人に人は集まってくる」。自信過剰でいれば、おいしい話に飛びつき、身を滅ぼす。謙虚でいれば、そうした思いをすることもない。時に、謙虚さが身を助けることもある―。大田さんは「謙虚でいることは相手を思いやると同時に、自分への思いやりにもなる」と考えを改めるきっかけになったという。
一代で京セラを日本を代表する企業に育て上げた稲盛さんの経営者としての言葉、組織論や哲学などは各方面に多くの影響を与えてきた。経営者や政治家だけではなく、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんや柔道の山下泰裕さんら、多くのスポーツ関係者も稲盛さんの言葉から厳しい勝負の世界で生き抜くヒントを得ている。WBC日本代表を率いる栗山監督も「稲盛哲学」の影響を受けた一人だ。元々、研究熱心で、心理学やチームマネジメントの手法、組織論などの学び、采配や人心掌握に役立てていると言われる。
大田さんは今年1月、「稲盛さんのことを少しでも知ってもらえたら」と、この本を栗山監督に贈った。すると、数週間後、便せん3枚、毛筆で丁寧な返事があった。手紙には既にこの本を読んでおり、多くの言葉を自身のノートに記していたとし、「一人でも多くにこの学びを伝えたい。3月の世界大会にも必ずや活かして参ります」と決意が記されていた。大田さんは驚くと同時に、栗山監督の姿勢に感心したという。

大田さんによると、栗山監督は数年前、稲盛さんに面会を申し入れる手紙を出している。その頃、稲盛さんはさまざまな職を辞め、面会の依頼も断っていた時期だった。だが、栗山監督の熱い思いが通じたのか、面会は実現した。大田さんは「いろいろなお話ができたようです」と明かす。
栗山監督は日本ハムの監督時代から、好きな言葉として稲盛さんの「小善は大悪に似たり。大善は非情に似たり」を挙げる。元々、仏教の用語とされるが、稲盛さんの公式HPでは、その意味をこう解説している。「人間関係の基本は愛情にある。だが、溺愛したり、甘やかすことが良い上司(リーダー)ではない。信念をもって厳しく指導する上司は、長い目で見れば、部下を大きく成長させることができる」。大田さんは言う。「栗山監督も選手の目の前の小さな成功よりも将来を見据えて厳しくすることがあるのではないでしょうか。今回のWBCでも、そうした考えを取り入れているかもしれません」
アメーバ経営という稲盛さん独自の経営管理手法がある。組織を「アメーバ」と呼ばれる独立採算で運営する小集団に分け、リーダーを任命し、共同経営のような形で会社を経営する。「部門別採算制度」「人材育成」のほかに、「全員参加経営」も重要な要素の一つに挙げられている。全員参加の意識を持つことで、活気が生まれ、業績にも結びつく。栗山監督は今回の日本代表に主将を置かない方針を示したが、大田さんは「選手やスタッフを含め、全員参加という意識が大切と考えているのではないか」と語る。

稲盛さんの言葉を書き留めたノートは50冊になり、約5年をかけて今回の著書を仕上げた。栗山監督を含め、世代を超えて広がるその言葉の力を改めて実感した。
「稲盛さんは病気で中学浪人をされ、大変な苦労をされた。成績が良くても就職に失敗し、何をしてもうまくいかない時期がありました。だから、『経営の神様と言われるのが嫌だ』と言っていましたね。自分は何か特別なことをしたわけではないから、と。信頼できる仲間を増やすことで、難しい問題も乗り越えることができる。奇跡は起きるものではなく起こすものだ、と。カリスマとか、神様とか言われますが、謙虚な姿勢で、そうした努力を続けてきたからだと思います」
◆大田 嘉仁(おおた・よしひと)1954年6月26日、鹿児島市生まれ。68歳。78年に立命大卒業後、京セラに入社。90年、米ジョージ・ワシントン大に留学し、MBA取得。91年から創業者・稲盛和夫氏の秘書を務め、秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、2010年12月に日本航空専務執行役員に就任(13年3月退任)。15年12月、京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長、17年4月に同社顧問。18年3月、退任。現在は健康器具「SIX PAD」などを販売するMTG社取締役会長を務める。主な著書に「JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの」(致知出版社)。