「中華の鉄人」陳建一さん死去 「料理の鉄人」開始から終了まで出演「どんな時も心を込めて」

日本人の口に合うマーボー豆腐を作るなど日本の中華料理界をリードし、フジテレビ系「料理の鉄人」でも活躍した料理人で四川飯店グループ会長の陳建一(ちん・けんいち、本名・東建一=あずま・けんいち)さんが11日午後0時7分、間質性肺炎のため東京都の病院で死去した。67歳。葬儀は近親者のみで行い、お別れの会は後日、開かれる予定。「中華の鉄人」の悲報に、番組関係者からも追悼の声が寄せられた。
関係者によると、陳さんは約1年前から肺炎の症状で体調を崩すことが増え、一時入院していた。昨年末は体調を考慮しながら店舗に顔を出して来店客に料理をふるまったり、イベントにも出席していた。しかし、年明けから再び容体が悪化し、都内の病院に入院。最後は家族にみとられながら息を引き取った。
2015年から3代目として、長男の建太郎さんが同グループの代表取締役に就任。会長となった陳さんは建太郎さんに常日頃から「好きなことをやってほしい」と言っていたという。家族や関係者には「しっかり明るく、無用な心配をかけずに営業をしてほしい」と伝えていたため、今後も休業することなく通常通り営業を行うという。
陳さんは、日本に初めてマーボー豆腐などの四川料理を広め、「四川料理の神様」と呼ばれた中国出身の陳建民さんの長男。大学卒業後に父が創業した赤坂四川飯店で修業を積み、しびれるような辛さが特徴の四川料理を日本人の口にも合うよう創意工夫を重ねた。父の死を受けて90年に社長に就任すると、全国に店舗を展開するグループへと成長させた。

その名を一躍知らしめたのは、料理人の対決を実況中継する「料理の鉄人」。陳さんは挑戦者を迎え撃つ「中華の鉄人」として、93年の番組開始から99年の終了まで出演した唯一の鉄人だった。初代「和の鉄人」の道場六三郎さん(92)、2代目「フレンチの鉄人」の坂井宏行さん(80)とは番組終了後も親交が深く、ゴルフや食事に行くなどしていた。18年に開催された同窓会イベントでは「あの音楽(判定が下る時のピアノ曲)は何回聴いても嫌だねえ」と懐かしそうに語っていた。
四川料理の普及に力を入れたほか、料理学校の講師としても活躍。NHK「きょうの料理」では中華だけでなく、自家製のボンゴレビアンコなどパスタの調理法も紹介していた。13年に黄綬褒章を受章した際には「いつでも、どんな時も心を込めて、一生懸命作る。言うのは簡単だけど、実際にやるのは至難の業。同じ思いの若者をどれだけ育てられるかが僕の役目」と話していた。
◆陳 建一(ちん・けんいち、本名・東建一=あずま・けんいち)1956年1月5日、東京生まれ。玉川大文学部卒業後、赤坂四川飯店で本格的に料理修業を開始。90年に父の後を継ぎ、赤坂四川飯店社長に就任。グループとして全国に店舗を多数展開した。2013年黄綬褒章受章。日本中国料理協会会長も務めた。