「大都市優遇、地方切り捨てだ!」国を訴えた“現職の裁判官”が語る「公務員の地域手当の改定」深刻すぎる問題点

津地方裁判所民事部総括の竹内浩史判事が7月2日、「転勤によって『地域手当』が減額されたことは、裁判官の報酬の減額を禁じた憲法80条2項に違反する」などとして、国を相手取り、減額分の合計約240万円の支払いを求める訴訟を提起した。
その後、8月8日に発表された今年度の人事院勧告において、国家公務員の地域手当の改定が行われた。そして、これを受けて竹内判事と訴訟弁護団が8月20日に名古屋市内で記者会見を開いた。
会見では、今回の地域手当の改定によって事態は改善せず、むしろ地域格差が拡大するとの危惧が示された。また、地方の裁判官が過酷な労働環境の下におかれていることも指摘された。
今年度の人事院勧告による「地域手当の改定」の中身国家公務員には、その勤務地に応じ、所定の基準により「地域手当」が支給されることになっている。地方公務員の地域手当も国家公務員と連動して定められている。
なお、生活にかかる支出のなかで、都市部と地方の差が最も大きいのは住居費だが、その点については住居手当が地域手当とは別に設定されている。また、官舎に入る場合には住居費の地域差はあまり問題とならない。
竹内判事は、2021年4月、名古屋高裁から津地裁に民事部へ部総括(民事部トップの裁判長)として異動したのに伴い「地域手当」の減額を受けた。そして、この減額が、裁判官の在任中の報酬の減額を禁じる憲法80条2項に違反するなどとして、2024年3月までの3年間の給与減額分約240万円の支払いを求めて7月に訴訟を提起した。
地域手当の制度については従来、支給の有無と支給割合が市区町村ごとに定められていた。また、支給額は報酬月額の3%から20%の間で7段階に設定されていた。これにより、同じ都道府県内でも市町村ごとの格差が発生する状態となっていた。
また、この格差が原因で、地域手当がない市町村や支給割合が低い市町村で、看護師等の採用難が深刻化しているという問題も指摘されていた。
現に、昨年12月に滋賀県近江八幡市が国会と政府に「地方公務員給与の地域手当見直しに関する意見書」を提出している。
今回の人事院勧告による地域手当の改定では、地域手当の金額が報酬額の4%~20%の間で4%刻みの5段階に設定された。
そのうえで、16の都府県について地域手当の原則的な支給割合を設定しておき、個別の市町村について例外を定める形式がとられた(【図表1】【図表2】参照)。
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【図表1】改定後の地域手当の級地区分・支給割合(赤は支給割合が引き下げ、青は引き上げ)

【図表2】改定により級外地とされた都道府県・区域(赤は改定前の支給地)

他方で、異動前の給与の額が保障される「異動保障」の制度に改定が加えられた。これまでは異動1年目は100%、2年目は80%、3年目以降がゼロとなっていたが、新たに3年目に60%が支給されることになった。
「事態はまったく解決されていない」今回の人事院勧告の結果について、竹内判事は、とくに東京と自身が勤務する東海地方との格差にスポットを当て、具体的な数値を示しながら指摘した。

竹内浩史判事(全国市民オンブズマン連絡会議提供)

竹内判事:「国が、最大20%の格差をどうしても維持したがっていることがよく分かった。
東京都内は東京23区が1級地で20%、それ以外はすべて2級地で16%となっている。
全体としてみると、東京都を20%または16%と高く維持しながら、他の地方が割を食っている。地域手当というより『東京都手当』『都会手当』という性格がはっきりしてきたのではないか」
竹内判事の現在の勤務地である東海三県(愛知県・岐阜県・三重県)においても「地域手当の格差」が顕著に実感されるという。
竹内判事:「まず愛知県は原則8%にされたことにより、西尾市・知多市・みよし市(現10%)は8%に下がってしまった。名古屋市・豊明市(現15%)は12%、刈谷市・豊田市(現16%)は12%に下がった。
岐阜県にいたっては原則0%になったので、大垣市ほか5市(現3%)はゼロになってしまった。岐阜市(現6%)は4%に下げられた。
三重県は原則4%になったため、私が勤務する津市(現6%)は4%に下げられた。また四日市市(現12%)や鈴鹿市(現10%)も8%に下げられた。
『切り捨て』の方向で操作されているように見える。大雑把に、『15%だった地域を12%に、10%だった地域を8%に、6%だった地域を4%に、3%だった地域を0%にしよう』という傾向がはっきり見てとれる。
裁判官の地方への転勤に伴って地域手当の率が大幅に下げられ、事実上の減俸になってしまうという実態はまったく解決されていない。
たとえば東京都から三重県に転勤すると、給与の下げ幅はこれまで以上になる。東京23区と比べると格差が拡大した。これを減俸と呼ばずして何というべきか。納得感が非常に低い改定だ」
名古屋市民オンブズマン代表で竹内判事の訴訟の弁護団にも加わっている新海聡弁護士は、首都圏への一極集中がさらに加速されることへの懸念を示した。

新海聡弁護士(全国市民オンブズマン連絡会議提供)

新海弁護士:「地域格差是正には程遠いといわざるを得ない。
地域手当を支給されるのは東京圏、名古屋圏、大阪圏、つまり人口と産業が集中しているところが多い。市区町村でも地方公務員の給与・地域手当は人事院勧告で示された数値をベースに計算され、『これより高く設定したら地方交付税交付金をカットするぞ』と圧力をかけられてきた。
地方公務員にとって基本になっている数値だ。格差がさらに拡大し、16都府県、東京を中心とした地域へ人々が流れ、集中が加速するのではないか。
その反面、日本海側など、インフラの整備が必要になってくる地域が無視されている結果になっている。
人事院勧告は同一都府県内の不公平を是正する形をとっているが、本質的な問題は解決せず、むしろ深刻化している」
「三大都市圏」と「その他の地域」の格差が拡大地方公務員はさらに格差が大きく岩手大学の井上博夫名誉教授(財政学)は、「三大都市圏」と「その他の地域」との格差が拡大したと分析し、地方公務員についてはさらに格差が大きくなるという見込みを示した。
井上名誉教授:「全市町村について、今回の人事院勧告が実施された場合に、地域手当が増加するところと減少するところをグラフにまとめた(【図表3】参照)。
一見すると、減少より増加のほうが多いように見える。しかし、増加するところは、ほぼ、その都府県全体が支給対象に設定された『首都圏』『中京圏』『関西圏』に限られている。
他方で、新たに新潟県、福井県、山口県、徳島県、長崎県は全県が支給対象外となっている。
これにより、三大都市圏とそれ以外の地域との格差が広がっている。
また、この後、地方公務員の給与についても、国家公務員に準拠する形での改定が予定されている。
そこで、もし今回の勧告がそのまま地方公務員に適用されたら地域手当がどうなるか、グラフにまとめてみたところ、地方公務員のほうが、国家公務員よりも大きく減少することになる(【図表4】参照)」

【図表3】2024年人事院勧告実施による地域手当支給割合への影響(国家公務員)(会見資料より)

【図表4】2024年事院勧告実施による地域当給割合への影響(地公務員)(会見資料より)

裁判で地域手当の改定の「プロセス」を解明へ新海弁護士は、訴訟において、地域手当の決定のプロセスを明らかにしていく意向を示した。
新海弁護士:「人事院勧告には、『賃金構造基本統計調査より算出した賃金指数をもとに算出した』とだけ書かれている。なんのことかさっぱりわからない。
国民生活に影響の大きい地域手当の算定についての根拠を示さず、押し付けているようなものだ。
このことについて国に説明を求め、明らかにしていくことが必要だと考えている。
2005年、2015年、今回とそれぞれ人事院勧告で地域手当を算出するのに使用した賃金指数、算出方法(データ、算出過程)について、人事院に対して情報公開請求を行った。
出された資料を基に、訴訟において、地域手当が決定された過程の問題点をそれぞれ指摘していこうと考えている」
現場の裁判官への意見聴取は「まったくなかった」竹内判事は、現場で働く裁判官に対する意見聴取が行われなかったことを指摘し、その不当性を訴えた。
竹内判事:「今回の地域手当の改定で、地方の支部への転勤によって給与が下がり、不利益を被るという問題は拡大することになる。
退官する裁判官がさらに増えてしまう可能性が危惧される。
一番問題だと思うのは、そのような問題を含む地域手当なのに、最高裁が地方の裁判官を含む現場の裁判官の声をまったく聞いてくれないことだ。
最高裁は全国各地の個々の裁判官どころか、地裁所長や高裁長官に対しても意見の聞き取りを行っていない。
現に私も、地域手当の改定についての意見の聴取を受けなかった。それどころか、改定されること自体を知らされなかった。
せめて、『裁判官の地域手当の格差は縮小したほうがいいのではないか』『一律にして減俸にならないようにしたほうがいいんじゃないか』といった意見を吸い上げて人事院に伝えてくれたならば、まだ、改定にも納得感があっただろう。しかし、そのような手続きはまったく踏まれていない。
最高裁の事務総局も含め、中央官僚は、自分たちが20%の地域手当をもらえれば良いと考え、地方については意に介していないのではないか」
現場の裁判官に対する意見聴取等が行われなかったことは、市民オンブズマンが最高裁に対して行った情報開示請求への最高裁の回答(8月2日付け)から裏付けられる。
すなわち、最高裁の回答によると、地域手当の改定について、最高裁と人事院との間で何らかの文書のやりとりが行われた。しかし、その内容については「公にすることにより、今後率直な意見の交換もしくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれがある情報が記載されている」ことを理由に不開示となっている(【資料①】)。
これに対し、高裁長官・地裁所長とのやりとり、全国の裁判官とのやりとりに関する文書は「いずれも作成または取得していない」と記載されている(【資料②】)。

【資料①】市民オンブズマンの情報開示請求に対する最高裁の回答(1枚目。赤線は弁護士JP編集部)

【資料②】市民オンブズマンの情報開示請求に対する最高裁の回答(2枚目。赤線は弁護士JP編集部)

「地方支部の裁判官」の労働環境の過酷な実態竹内判事はまた、地方の支部で働く裁判官の労働環境の実態を指摘した。
とりわけ、名古屋地裁岡崎支部(愛知県岡崎市)で相次ぐ裁判官の依願退官、豊橋支部での「ホテル代自腹での令状当番」などの例を挙げ、その背景について述べた。
竹内判事:「裁判官は、ある日突然、依願退官する。周囲と相談せずに決断して、秘密裡に退官届を出し、突然辞めていくケースが多い。
名古屋高裁管内でのエピソードを話すと、津地裁四日市支部で退官者が出て、填補(てんぽ)しなければならなくなったときに、人員が手薄で『てんてこまい』の名古屋地裁岡崎支部から填補要員を派遣させた。
岡崎支部で裁判官の依願退官が相次いでいるが、このことが大きな原因の一つになっているとみられる。
また、豊橋支部の裁判官は毎週1回、泊まりでの令状当番を余儀なくされているという。しかも、そのホテル代は裁判官が自費で払わなければならない。
なぜ、人員が不足している支部どうしでやりくりしようとするのか。人員が多い名古屋の本庁から填補要員を派遣すべきではないのか。
あからさまな本庁優遇・東京優遇の傾向がある。人員が手薄な支部どうしで何とかしろと言われると、みんな疲弊してしまう」
新海弁護士は、日常的に裁判所を利用する立場から、地方支部の裁判官の労働環境の過酷さを目の当たりにしているという。
新海弁護士:「地裁・家裁の支部の裁判官は、激務なうえに都市部の裁判官よりも給与が低く、依願退官が多い。それに伴って事件を担当する裁判官が変わる。
従前の裁判官が今まで一生懸命準備書面を読み証拠調べを行っていたのに、退官によりリセットされる。また一から始めなければならない。家裁は特に大変だ。
新人で赴任してきた裁判官は、かわいそうなくらい一生懸命にやっている。事件数は多いわ人が辞めてしまうわ。彼らの労働環境はきわめて過酷なものになっている。
東京と地方との格差のスパイラルは止めなければならない。地域手当の問題がすべての元凶だとは言わないが、裁判所ユーザーの国民として訴えていきたい」
問われる「組織が個人の使命感に依存する構造」からの脱却竹内判事は、5月に弁護士JP編集部の取材に応じた際、現状の裁判官の人事制度のあり方が、裁判官の個人の使命感や職務倫理に依存している実態を指摘していた。
人員が不足している地方への赴任を命じられた裁判官が、使命感から、地域手当が減ったりなくなったりするのを覚悟の上で、耐えて赴任しているという実情があると訴えた。
そして、このままでは裁判官のなり手がいなくなり、いずれ日本の司法制度が立ち行かなくなるのではないかとの強い危惧を示した。
裁判官も勤労者であり、生身の人間だということを忘れてはならないだろう。地域手当の格差が浮き彫りにした、組織が個人の使命感に依存する構造は、民間企業でのいわゆる「やりがい搾取」の問題に通じるものがある。私たち一般国民にとっても決して他人事ではない。
敏腕で知られる現職の裁判官が提起した本件訴訟が、裁判官をはじめとする国家公務員、地方公務員の人事制度のあり方にどのような一石を投じることになるのか、今後の展開が注目される。