イタリア海軍の空母「カヴール」が横須賀に来航したばかりですが、それに続いて同国海軍の現役の練習帆船が東京港に到着。これに合わせて周囲ではイタリアに関するイベントも行われ、各国駐在武官による制服外交も行われていました。
史上初のイタリア空母「カヴール」およびフリゲート艦「アルピーノ」来日の興奮も冷めない2014年8月25日の午後2時過ぎ、東京港に面したお台場の東京国際クルーズターミナルの岸壁に、一隻の美しくも古式ゆかしい大型の帆船が静かに着岸しました。この船はイタリア海軍の練習艦で、その名を「アメリゴ・ヴェスプッチ」といいます。
同艦は昨年(2023年)7月にイタリア北西部の港町ジェノヴァを出発すると、大西洋を横断して南米やメキシコ、アメリカ本土、ハワイなどを回り、1年以上かけてはるばる日本へと来航したのでした。
なお、8月30日の出港後はフィリピンやオーストラリア、インドなどを回り、来年(2025年)6月に本国へと戻る予定だそうで、足かけ2年この世界周航は続くそうです。
100年現役の軍艦が来日! 要人の訪問が相次ぎ周りではお祭 …の画像はこちら >>2024年8月25日の午後2時過ぎ、東京国際クルーズターミナルに接岸したばかりのイタリア海軍の練習艦「アメリゴ・ヴェスプッチ」。その船体は、近代の帆船軍艦である戦列艦を意識して黒く塗られ、砲門が位置した側面には白い帯が描かれている。また艦首のマスト下には、艦名の元となったヴェスプッチの金箔木彫像が見える(吉川和篤撮影)。
到着した当日は、ローマから派遣されたイタリア海軍軍楽隊と海上自衛隊の東京音楽隊が演奏するなか、ベネデッティ駐日イタリア大使やイタリア海軍提督、海上自衛隊幹部などが参列して歓迎式典が行われ、ライ艦長をはじめ乗員や、艦内警備で乗り込んでいた「サン・マルコ」旅団海兵、そしてリヴォルノの海軍アカデミーから参加した士官候補生ら一行の船旅を労っていました。
ところでこの艦名、学生時代の世界史の授業で聞いたことがあるかも知れません。「アメリゴ・ヴェスプッチ」とは、南北アメリカ大陸の名前の基になった人物です。アメリカ大陸を発見したといわれるのはクリストファー・コロンブスですが、1492年に彼が新大陸を発見してから10年後の16世紀初頭、イタリア人冒険家で航海者のヴェスプッチはその地に来航して、そこがインドやアジアではなく未知の「新世界」であると唱えました。後にその説の正しさが立証されたことで、ヴェスプッチの功績を称えて「アメリカ大陸」と呼ばれるようになっています。
この偉大な探検家の名を冠した帆船は、イタリア海軍リヴォルノ士官学校の練習艦として1931年7月に就航しました。もちろん、すでにこの頃にはイタリア軍艦も鉄製でしたが、船乗りのシーマンシップを育てる場として、あえて伝統ある木造帆船が選ばれたのです。
以来93年、この全長83m(船体)、総トン数3410トン、26枚の帆に2機の補助ディーゼルエンジンと発電機、推進モーターを備えた同艦は海軍の練習艦として現役で運用され続け、その外観から「世界一美しい帆船」と呼ばれるほどに至っています。
そして今も世界の海を渡り、イタリア海軍旗の中心にシンボルとして描かれている栄光ある海洋共和国(ヴェネツィア共和国やジェノヴァ共和国、アマルフィ公国、ピサ共和国)の伝統を今に伝えているといえるでしょう。
Large 240830 italy 02
到着翌日の26日午前、ローマのイタリア海軍軍楽隊が着席して、左右に大型モニターが設置された壇上でスピーチを行うクロセット国防大臣。さらに翌日昼には日本の木原防衛大臣と会談して、夕方には再び「ヴィラッジョ・イタリア」へと姿を見せるなど、精力的に活動していた(吉川和篤撮影)。
練習艦「アメリゴ・ヴェスプッチ」来日の翌日、26日にはさらに大規模な記念式典が開かれ、イタリア政府を代表してクロセット国防大臣も来艦、三宅防衛大臣政務官とともにスピーチを行い、日伊友好と今後の安全保証に関する協力体制をアピール。さらに会場にはウクライナやクロアチアなどの駐日大使や各国の駐在武官や軍人、イタリア企業関係者も参加して、予想以上に大規模で国際色豊かな催しとなっていました。
一方、船の外に目を転じてみても、同日から30日の出港日まで、貴重な木造艦内の一部と共に横の東京国際クルーズターミナルの館内全てがイタリア一色となった「ヴィラッジョ・イタリア」(イタリア村)が開催され、にぎやかさをプラスしていました。
東京国際クルーズターミナルの建屋では、大阪万博イタリア館の事前展示や映画上映、演奏会や各種フォーラムなどが開かれていたほか、夜間は船体と共にターミナル建屋も緑、白、赤色のイタリア国旗の3色でライトアップされ、訪れた人たちを楽しませていました。
筆者(吉川和篤:軍事ライター/イラストレーター)が4日間に渡って会場を訪れたところ、記念式典だけではなく一般公開日も、「アメリゴ・ヴェスプッチ」の周りや隣接する東京国際クルーズターミナルには、後から別便で来たイタリア軍人や各国の駐在武官、駐日イタリア大使館をはじめとした外国公館の関係者、日伊両政府の要人、さらにはビジネス関係者まで、さまざまな人たちが頻繁に出入りしているのを垣間見ることができました。
これを見て、意味は全く違うものの、かつて軍艦を使って各国が盛んに行っていたいわゆる「砲艦外交」に変わる、21世紀のソフトで開かれた「海軍外交」という言葉が、筆者の脳裏には浮かんだのです。
Large 240830 italy 03
記念式典に参加したイギリス海軍将校(中央)や各国の駐在武官たち。元々、イタリア海軍の軍装はイギリス海軍の影響を受けており、今でも良く似ている(吉川和篤撮影)。
イタリア側が発表している各種ニュースのコメントを調べてみると、今回の帆船「アメリゴ・ヴェスプッチ」の世界周航キャンペーンと、この7月にイタリア空海軍が参加したオーストラリアでの共同訓練「ピッチブラック」も含めたインド太平洋への長距離展開が実は、最終的にここ日本でリンクしており、そこにはイタリア国防省や外務省も絡めたイタリア政府の戦略的な対外アプローチも含んでいることが判明しました。
おそらく、そうした意図があって今回来日した空母「カヴール」と練習艦「アメリゴ・ヴェスプッチ」は、計画的にわずか数日違いで寄港、両艦と乗員の日本での同時滞在を数日設けたのではないかと筆者は考えます。
そしてこれは個人的な推測ですが、外交的にも一般的な見栄えも見越して“イタリア”をアピールすべく、警備面でオペレーションしやすい練習艦の来航に全振りしようと、あえて空母「カヴール」の艦内公開は見送ったのではないかと、一連の来日を取材して思いました。
いずれにしても「海の女王」とも呼ばれる貴重な帆船が、イタリア海軍ごと日本にやって来たのは画期的な出来事です。三沢基地へのイタリア空軍の飛来に始まり、横須賀基地への空母「カヴール」とフリゲート艦「アルピーノ」の来航に続く、“イタリア強化月間”と言える2024年の8月を締めくくるには相応しいイベントであったと、これらを振り返って改めて感じています。
またいつの日か、この美しい船と出会える日を願って止みません。