直接手を下さず踏切の中に誘導か…「板橋踏切自殺強要事件」で“殺人罪”は適用される?

東京都板橋区で昨年12月、塗装業の男性が踏切内で電車にはねられる事故が発生した。当初は自殺とみられていたが、警視庁は今月8日、男性の勤務先の社長と従業員ら4人を殺人と監禁の容疑で逮捕したと発表した。
報道によれば、被疑者らは長期間にわたり男性に対し暴行や性的虐待を繰り返し行っていたとみられ、事件当夜も踏切に立ち入らせ電車にはねられるよう仕向けて殺害した疑いがあるという。
しかし、男性は1人で線路に立ち入り、列車にはねられた。少なくとも被疑者らが直接殺害した訳ではない。警察はどのような考えを持って「監禁・殺人」の容疑で逮捕したのか。また、4人はいずれも容疑を否認しているというが、このまま殺人罪で起訴される可能性はあるのだろうか。
被害者の「死」はなぜ起きた?刑事事件を多く手掛ける杉山大介弁護士は、「今回の事件は、犯罪を決める刑法全体の構造を理解して考えていくべきだ」として、刑法の基本を次のように説明する。
「刑法において犯罪かどうかの評価は 、

①犯罪とされる行為があって(実行行為)
②それによって(因果関係)
③何かが生じた(結果)
④実行行為に関する認識や認容があった(故意)

という各要件に事実を当てはめることで、決まっていきます。
殺人罪を適用しようとすれば、③結果のピースは『被害者の死』です。次に、その結果はどんな行為によって(①)、どうやってもたらされたか(②)を考えることになります。この時、加害者が行った行為を危険性の高いものとして設定するほど殺人の実行行為であると評価されやすくなる一方、そこまで認識していたと言えるか(④)など立証の難易度はあがるでしょう。また、殺人行為に被害者自身の選択による行動が多いと、犯罪行為の結果の死とは言えないという理由で、因果関係が否定されることもあります」
今回の事件の争点もこのように追及する側の立てるロジックと、反論する側の反論対象の選び方によって、多様なパターンがあると杉山弁護士は続ける。
被疑者らの行為と男性死亡に因果関係はあるか?報道によれば、今回の事件では防犯カメラの映像により、踏切近くで被疑者らが乗った自動車が停車し、男性が電車にひかれた後に走り去っていたことが確認されている。
「捜査側は、被疑者らの関与によって、男性に危険が生じたと評価できると考えていると思われます。その“関与”がどのようなものだったのかは、今後の捜査によって『どの程度の支配力を持った行為』とされるかで変わってくると思います」(杉山弁護士)
その上で「捜査中であり報道を元に推測することしかできませんが」と前置きしつつ、杉山弁護士は「いずれにしても、被疑者らが、男性が踏切に入り電車に引かれることを認容していたのであれば、死の危険をもたらす行為だと十分に理解しているでしょうから、被疑者らの行為は『殺人』や『自殺ほう助』に当たるとは言いやすいかもしれません」と整理する。
前述した通り、直接の死は踏切内に1人で立ち入るという男性の行動で生じている。
死を求める男性が線路に行くまでの移動を被疑者らが手助けしただけなのか。あるいは、自らの死を求める男性の“意思”すら、被疑者たちが生じさせたのか――。
「今回、捜査側は『殺人罪』として逮捕しましたが、今後、見立ての細部や証拠関係といったピースが変わることで、事件全体の構造も変わってしまう可能性があります」(同上)
弁護士「殺人で起訴し、法廷で争うべき」ただ、今回の事件を考える上で参考になる判例がいくつかあると、杉山弁護士は紹介する。
「たとえばマンションで暴行を受けていた被害者が、高速道路に逃げ込み交通事故で死亡したケースです。被害者の死は、高速道路で車にひかれるという形で生じました。車の運転は、暴行をはたらいた被告人たちの行為ではありません。
しかし捜査機関は、被害者は激しい暴行から逃げるために危険な高速道路に立ち入らざるを得なくなったと評価して、『傷害致死事件』として起訴。裁判所も、マンションにおける暴行や監禁から、被害者の死がもたらされたとして、暴行・監禁と死亡の因果関係を認めました(最高裁判決平成15年(2003年)7月16日)」(杉山弁護士)
また、保険金目当てに結婚相手を脅迫し、自殺させようとした被告に殺人未遂罪が成立した判例(最高裁判決平成16年(2004年)1月20日)や、長時間におよぶ監禁・暴行の末、被害者を東尋坊の崖から自ら飛び降りさせた被告人らに殺人罪が適用された裁判例(大津地裁判決令和2年(2020年)6月26日)もある。
こうした判例を挙げた上で杉山弁護士は、今回の事件についても「現時点でわかっている本件の状況からすれば、捜査側は少なくとも殺人で起訴すると思いますし、私もそうすべきだと思います」と見解を述べる。
「犯罪行為にピタリとあてはまるのを回避するような手段で、犯罪そのものの結果をもたらす今回のような事件こそ、時間をかけてでもしっかり取り締まるのが捜査機関の義務であり、少なくとも法廷で議論して争うべき案件だと考えます」(杉山弁護士)