「何言うとんねん、あほ」
「役降りろ、おまえ」
「おまえが・・・ガンやぞ、はっきり言って」
これらは、上司から部下への発言だ。パワハラ上司が赴任してきてから、部下のXさんは詰められることが増え、うつ病に罹患(りかん)してしまった。
Xさんは労災申請するが、棄却される。
納得できず、裁判所に訴えたところ・・・逆転勝訴! 裁判所は「労災と認める」と判断した。(大阪地裁 R6.7.31)
以下、事件の詳細だ。
事件の経緯■ 当事者
会社は、自動車販売や自動車整備などを行っており、心身を病んでしまったXさんは、自動車整備士である(入社約14年目)。
■ パワハラ工場長がやってきた
平成28年9月1日、パワハラ体質の工場長が赴任してきた。Xさんはこの頃、ピットリーダー(工場全体の仕事を把握して、各スタッフに仕事を割り振るポジション)に就任していた。
工場長が部品リストなどを確認したところ「進捗の遅れが目立っている…!」と感じ、Xさんたちに作業を早めるよう指示を出した。その際にパワハラ発言をしてしまったのである。
■ パワハラ発言
Xさんは工場長から叱られる際に録音しており、それを裁判所に提出している。裁判所が「パワハラ発言だ」と認定した部分を一部抜粋する。
・9月末ころ
「どうでもええけど、今この時点で残っとるやろう。(中略)最終日に何で残ってんねんという話やないか。何言うとんねん、あほ。今日最終日やないか、おまえ。はぁ? おまえら、どうでもええんか、これ。役降りろ、おまえ。フロント、いらんわ」
・10月上旬
「おまえが・・・ガンやぞ、はっきり言って。ピットが早くなれへんのは。おまえ1人早なっても意味ないねん。全員がレベル上がらな意味ないねん。おまえガンやで、はっきり言って」
「フロント担当とおまえが“ガン”やと言うてるやん、いつも」
■ 書類を投げつける
ちなみに、パワハラ発言だけでなく、裁判所は「工場長がXさんに対して書類を投げつけた(少なくとも1回)」とも認定している。
■ 労働組合に相談
10月中旬ころ、Xさんは労働組合に駆け込んだ。その後、労働組合と会社側との間で話し合いの場が持たれ、パワハラ工場長の上司である店長は工場長に対して「相手を傷つける発言をしないよう」指導した。
その後、工場長は朝礼で、Xさんに対して不適切な言葉を使ってしまったことを謝罪した。が、Xさんはその朝礼に出席していなかった。結局、工場長がXさんに直接謝罪することはなかった。
■ 欠勤
11月3日、Xさんはバイクに乗って通勤しようとしたが、倦怠感を抱いたため欠勤した。
■ 受診
翌日、Xさんはクリニックで診察を受けた。問診票には「9月中旬ころから眠れない、疲れがとれない、吐き気がする、食欲がない、めまいがする、頭痛がする」との記載がある。医師の診断は「うつ状態、月末まで自宅療養が必要」というものであった。ちなみに、Xさんに精神疾患の既往歴はない。
■ 労災申請
その後、Xさんは令和3年まで休職しており、その間に労災申請をした。が、棄却された。
■ 提訴
そこでXさんは、労災を求めて裁判所に提訴した。
裁判所の判断Xさんの勝訴である。
【理由】
Xさんの受けた心理的負荷が「強」と判断されたからだ(※)。
※ 厚生労働省が令和5年9月1日付で都道府県労働局長宛てに出した通達により、精神障害による労災認定を受けるためには心理的負荷が「強」と認定される必要がある。
具体的に言えば、裁判所は「Xさんは、パワハラ工場長が赴任した後、9月中旬ころに適応障害を発症し、10月ころにうつ病エピソードへ変遷した」として、「本件疾病の発症前おおむね6か月の間における業務による強い心理的負荷が『強』であった」と認定した。以下、具体的に解説する。
■ 「あほ・役降りろ」「いらんわ」等
上述した9月末ころの発言について、裁判所は「最終日になっても在庫部品が残っていることにイラ立って、Xさんに対して一方的に不満をぶつけるものであり、およそ業務上の指導ということはできず、精神的攻撃によるパワハラにあたると言わざるを得ない」と判断した。
なお、「あほ」発言について裁判所は「関西地方では親しみを込めて相手に“あほ”と発言することは公知の事実であるが、録音を聞くかぎりおよそそのようなものではない」としている。
■ 「ガン」発言
上述した10月上旬ころの発言について、裁判所は「業務を効率的にするよう話をする中で出てきた言葉であり、業務上の指導の一環とみる余地もある。が! “おまえ”や、悪性腫瘍である“ガン”など、侮辱的で人格を否定するのに等しい表現であり、精神的攻撃によるパワハラにあたると言わざるを得ない」と判断した。
さらに「『フロント担当とおまえが“ガン”やと言うてるやん、いつも』との発言からすると、パワハラ工場長は日常的に同種の発言を繰り返していたと推認できる」と突っ込んだ認定をした。
以上の事実に加え、裁判所は、工場長がXさんに対して書類を投げつけたこと、Xさんに精神疾患の既往歴はないことなども考慮して、Xさんの受けた心理的負荷は「強」であったと結論づけた。
最後に裁判所は、診療録に書かれている事実を重視するので、精神に不調を感じたときは早めにこまめに通院することをオススメする。
また、今回の勝因は「録音」だ。録音がなければ裁判所はほぼ「パワハラ上司がそのような発言をしたと認めるに足りる証拠はない」と一蹴するため、Xさんも負けていただろう。
現在パワハラ環境にいて、「いつかパワハラ上司に一矢報いてぇ!」と思っている方は、ぜひとも録音を。