一つの立て看板から始まった限界分譲地の闇…吉川祐介著「限界ニュータウン 荒廃する超郊外の分譲地」

首都圏や都市部での住宅価格の高騰が続く一方で、郊外には、かつて「ニュータウン」と呼ばれた街並みがある。その一部は家も建たず所有者は不明なまま、土地は荒れ果て土砂崩れや犯罪の温床となるなど社会問題となっている。「限界ニュータウン 荒廃する超郊外の分譲地」(1980円、太郎次郎社エディタス)の著者で、ブロガーの吉川祐介さん(42)がそうした土地のルーツを調べると、そこには「想像もしなかった」光景が広がっていた。(久保 阿礼)
雑木林の近くに立てられた看板には大きく「売土地」と書かれ、大阪府内の不動産業者の番号が記載されていた。また、ある場所では、一軒家の間に不自然な間隔で空き地が点在していた。「なんだ、これは?と。最初は訳がわからなかったですね」
吉川さんが住む千葉県北東部には、交通アクセスが極端に悪く、十数軒の一軒家が集まった小規模な分譲地が数多く存在する。開発から40年以上が経過し、上下水道などのインフラは老朽化したり、駅、病院、学校など生活に必要な施設も周りには見当たらない。
近くにあった「林にしか見えなかった」という土地は10万、20万円など、異常な安値でインターネットに掲載されているが、積極的に取引されている様子はうかがえなかった。こうした場所もかつては「〇〇ニュータウン」と名がつき、売り出されていた。
著書のタイトルはネット上などで定着している「限界ニュータウン」としているが、吉川さんが今回、調べたのは、ニュータウンよりもさらに小規模な「限界分譲地」。もともとは高度経済成長期以降、山や畑を投機用の宅地として開発、販売された場所で、買い手がないままの状態が続く。

「看板を見た時に、元々どのような土地で、一体、誰があのような土地を管理しているのかという疑問がありました。買い手がないまま、放置されている空き地は、不法投棄など犯罪の温床にもなり、多くの問題点があることが分かってきました」
千葉県を中心に、こうした「限界分譲地」のルーツを丁寧に取材し、ブログなどで発表している。新聞の書評などでは、丁寧な取材が評価されているが、吉川さんはもともとジャーナリスト志望ではなかったという。静岡県で生まれ、高校卒業後、「行くあてもなく」旅に出た。バス会社や、都内でコンビニのアルバイト、新聞配達などを転々として生計を立てた。「お金がなかったので、安く楽しめる趣味と言えば、読書。特にノンフィクションは安く、10円で古本を買ったりしました」。ジャーナリストの鎌田慧さん、寺園敦史さんらの作品を読み、社会問題への関心が高まっていったという。
結婚を機に、生活費のかからない場所に引っ越そうと決めた。スーパーや駅から近いなど、利便性を度外視し、ネットで物件を検索すると、千葉県北東部はとりわけ家賃の「安さ」が際立っていた。八街、富里、山武、東金の4市、横芝光、旧下総、大栄の3町…。そこで、雑木林に謎の立て看板という「限界分譲地」を目にする。
こうした土地はどのように取引されてきたのか。吉川さんは、知人から新聞の折り込み広告を入手すると、大きな文字で「場所と値段で勝負!」「緑ゆたかな自然の大地を先取りしませんか!」と仰々しい。時期は1987年、バブル景気に入る直前の広告で、場所は千葉県旧香取郡大栄町(現・成田市)。ただ、よく見ると、左隅には小さな文字で「生活に必要とされる施設はありません」とあった。

「この小さく書かれた文字を見て、驚きましたね。普通は駅から何分とか書くものですが、生活に必要な施設がない、と。つまり、ただ、土地を買いたいというだけの人を目的にした広告です。バブル前ですし、土地を所有しておけば、高値で売れると期待する人が多かったのだと思います。1平方メートル5400円と書いてありますが、実際に現地に行った人によると、その場所はただの斜面で『ほかの場所はもっと高かった』と。水道と下水もなく、浄化槽ですし、広告の開発業者もすでに廃業しています」
バブル期に値上がりを期待し、ただ取引のためだけに売り買いされた土地。登記を確認しても地主が不明の場合も多くある。その場所を行政が管理しようとしても、私有地などにあたり、積極的に介入することは難しい。
「行政もこうした土地があることは知っていると思いますが、かなり面倒くさいと考えているのではないでしょうか。実際、親族からこうした土地を相続し、行政側に引き取ってほしいという声はかなりあります。行政側は『権利関係など、ややこしい土地の可能性もあるし、税金で整備してよいのか』と考えるでしょう。その結果、放置されたままになってしまいます。あのような土地でも高値で売れると思っていた時代があったのです」
少子高齢化は徐々に進み、東京への一極集中が急激に進んだ。その結果、郊外の土地の需要が激減した。書類上だけで取引されてきた「限界分譲地」は、誰の手も加えられることなく、荒れ果て、悪臭を放ち、時に害虫が発生し、土砂崩れなどを引き起こし、たびたび問題となった。不動産登記をたどって所有者が不明だと、公共事業にも影響を及ぼした。東日本大震災の復興事業では、所有者不明の土地が区画整理などの大きな障害となった。

民間シンクタンクの試算によると、誰のものか分からない「所有者不明土地」の面積をすべて合わせると、九州全体の面積を上回る410万ヘクタール、国土の22%を占める。このまま放置すれば、人口減の影響から、2040年には北海道本島と同規模となる720万ヘクタールに迫る可能性が指摘される。
吉川さんはこうした問題を動画などで積極的に発信し、行政側からの要望を受け、ヒアリングに応じたこともある。たった一つの「立て看板」から浮かんだ疑問から、事実を積み上げ、日本社会が抱える問題を浮き彫りにした。今後も「限界分譲地」の問題点について「追及していきたい」と語る。
「たとえば、『限界分譲地』を相続した人に『売りませんか』とダイレクトメールなどでセールスをかける業者もあります。売買契約が成立する前に、手数料を取って法外な価格をつけ、看板を立て掲載無料のネットに掲載するだけ。宅建業法違反では行政処分も出ていますが、業者は名前を変えて活動を続けています。今後も問題点を指摘していけたらと思います」
◆「所有者不明土地」など問題がある土地に対する行政の対応
▼相続土地国庫帰属制度 法務省は27日から、限界分譲地に多くみられる「所有者不明土地」の発生を予防するため、土地の所有者が一定の要件を満たした場合、不要となった土地などを国庫への帰属が可能に
▼登記の適切化 不動産登記制度の見直しにより、相続登記の申請が24年4月から、住所などの変更登記の申請は26年4月までに義務化される
▼土地利用に関連する民法ルールの見直し 問題のある土地や建物について、利害関係のある人が地方裁判所に申し立てることで、管理人を選任できる。ほかに遺産分割ルールの変更など
◆吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)1981年1月27日、静岡県生まれ。42歳。静岡県内の高校を卒業後、千葉県などでアルバイトをしながら生計を立てる。100か所以上の「限界分譲地」を歩き、情報公開制度などを利用してブログや動画で公開し、アクセスも急増中。バブル期以降の土地取引の実態や法制度の課題を指摘している。