年齢や性別、身体能力にかかわらず、誰もが楽しめる「ゆるスポーツ」をご存じだろうか?
電通デジタルは、コミュニケーションを深める手段としても注目を集めている「ゆるスポーツ」を入社研修に取り入れた。同社の取り組みとそこから得られた成果を通して、「ゆるスポーツ」の可能性を紐解いてみたい。
○■誰もが笑いながら楽しめる「ゆるスポーツ」
「ゆるスポーツ」とは、年齢や性別、身体能力にかかわらず、誰もが楽しめる新スポーツ。運動が苦手な人や高齢者、障害がある人も楽しめるように考案されたユニークな競技の総称で、競技名やルールに斬新なアイデアや笑えるポイントを取り入れたものも多い。
「ゆるスポーツ」が一番大事にしているのは、みんなが声を出して笑い合いながら楽しめることだという。一般社団法人 世界ゆるスポーツ協会によって考案された「ゆるスポーツ」は、これまでに70種類以上。スポーツが苦手な方でも参加できることから、近年注目を集めている。
○■電通デジタルが入社研修に「ゆるスポーツ」を採用
身体を動かす手段としてだけでなく、コミュニケーションを深める手段、あるいは互いの違いを認め合える社会をつくる一助としても期待されている「ゆるスポーツ」。そんな「ゆるスポーツ」を入社研修に採用した企業がある。
総合デジタルファーム電通デジタルは、次の5つの「ゆるスポーツ」を新入社員の入社研修に取り入れた。
○ハットラグビー
真ん中がへこんだ「中折れハット」を使ったラグビー。1チーム5人で、プレイヤーは全員中折れハットを着用。ハットにセットしたボールを落とさないようにしながら、チームで何回トライできたかを競う。
○スピードリフティング
磁石で接続された長いバーベルを、チームで上げ下げする競技。5人1チームで同時にプレイし、一定時間内に重量挙げのポーズを決めた回数を競う。タイミングが合わないとバラバラになる特殊なバーベルがチームの結束を試す。
○オシリウスの塔
デジタル技術を活用した、世界初の尻文字で戦うスポーツ。尻文字で「まる」を書くと、画面から“おしり”が降ってくる。より多く、より大きなおしりを生み出したら勝利。
○フェイスマッチ
画面に落ちてくる「顔」と同じ表情をして、「顔」を消す対戦型のスポーツ。顔表情推定技術がプレイヤーの表情を瞬時に判断。自分の表情をアイコンに重ねると、顔が消えて得点を獲得できる仕組みで、制限時間内に獲得した得点を競う。
○シーソー玉入れ
シーソーのようにグラグラするカゴに玉を入れる競技。2チームに分かれて、それぞれのチームが攻撃側と守備側として、ひとつのカゴに向かって玉を入れる。攻撃時間終了時にカゴの中に入っている玉の数が、攻撃チームのポイントになる。ボールを入れすぎるとカゴがひっくり返るので、相手との駆け引きやチーム内での作戦の意思統一が勝利のカギ。
○■コロナ禍で社内の人間関係構築に課題
電通デジタルが入社研修、つまりは「業務」の一環として、レクリエーション要素の強い「ゆるスポーツ」を導入したのはなぜなのだろうか。
同社の担当者に聞いたところ、コロナ禍でリモートワークが増えたことで、新入社員の社内の人間関係構築に課題を感じていたことが背景にあるという。まずは新入社員同士でコアとなる人間関係を作りたかったものの、同期同士の横のつながりも分裂しがちだった。
こうした実情を踏まえて、新入社員全員が参加するチームビルディング研修の導入を決定。その中で「ゆるスポーツ」の実施を決めたのは次の3つの理由からだという。
「人数が多いとさまざまな性格や志向があり、得意なことも苦手なことも違うので、どんな人でもフラットに取り組めるものにしたかった」
「考える仕事が多くデスクワークが多いため、普段発生しないコミュニケーションが起きることを期待して、体を動かすものがよかった」
「学生時代と違い、人間関係を自分の意志だけで選択することが難しくなる環境になるため、自分と異なる人に対して理解しよう・歩み寄ろう・受け入れようという心持ちを持つきっかけになればと思った」
○■95%が「同期との仲が深まった」、チームビルディングに寄与
一般的な入社研修にはないコンテンツだけに、「ゆるスポーツ」の実施に戸惑う社員はいなかったのだろうか。社員の反応について、担当者は次のように語ってくれた。
「レクリエーションに抵抗があるかと心配していましたが、新入社員の多くは純粋にこの研修を楽しんでくれていたようでした。スポーツ経験の有無や運動の得意・不得意にかかわらず、『運動がすごく得意なわけではない自分でも、全競技すごく楽しかった』『仲間との関係づくりとリフレッシュの両面において非常に価値があると感じた』といった感想が届きました」
実施後のアンケートでは95%が「同期との仲が深まった」と回答しており、チームビルディングの面でも手ごたえを感じているという。
○■DEIへの考えを深めるきっかけにも
さまざまな成果があったといえる、「ゆるスポーツ」を取り入れた入社研修。電通デジタルの取り組みが功を奏した背景には、どのような工夫があったのだろうか。
今回の研修では、前半に「ゆるスポーツ作成ワークショップ」が行われ、電通デジタル所属のパラアスリートが参加。新入社員にとっては、パラアスリートの経験や立ち居振る舞いも大きな刺激になったそうだ。
「『パラスポーツにも興味が湧き継続的に情報を追っていきたいと感じた』『プロフェッショナルな姿を見て非常に刺激になった』といった声が上がり、これから仕事をする上でのモチベーションにも繋がったようです」と担当者は振り返る。
後半では「ゆるスポーツ体験」を実施。担当者は「ゆるスポーツの趣旨や概念について理解した上で実際に体験したことで、ただ楽しいレクリエーションではなく、DEI(ダイバーシティ:多様性、エクイティ:公平性、インクルージョン:包括性)について考えを深めるきっかけにもなった」と感じているそうだ。
誰もが取り組みやすい「ゆるスポーツ」だからこそ、さまざまな新入社員の普段見られない一面を見ることができたのも良かった点だという。
○■マインド・スキル両面での基盤作りを進めたい
最後に、今後電通デジタルが目指す入社研修のあり方や方向性について、担当者は次のように語ってくれた。
「研修も大切ですが、配属後の周囲との関わりや仕事上での経験がより重要だと考えています。そのため、入社時研修では配属後彼らが主体的に周囲と関わり、多くの経験を積んでいけるように、マインド・スキル両面での基盤を作る期間にしていきたいです」
今回の電通デジタルの事例は、「チームビルディング」を主眼に置いたワークショップと「ゆるスポーツ体験」を組み合わせることで、「ゆるスポーツ」の効用を高めた好例といえるだろう。
企業研修の文脈において、「ゆるスポーツ」は、あくまでも仲間との関係性やコミュニケーションを深める手段のひとつに過ぎないが、ほかの研修やOJTと組み合わせることで、よりスムーズなオンボーディングにつなげられるのではないだろうか。
春奈 はるな 和歌山出身、上智大学外国語学部英語学科卒。信念は「人生は自分でつくれる」。2度の会社員経験を経て、現在はフリーランスのライター・広報として活動中。旅行やECをはじめとした幅広いジャンルの記事を執筆している。旅をこよなく愛し、アジア・ヨーロッパを中心に渡航歴は約60ヵ国。特に「旧市街」や「歴史地区」とよばれる古い街並みに目がない。ブログ「トラベルホリック~旅と仕事と人生と~(https://harubobo.com/)」も運営中。 この著者の記事一覧はこちら