内閣府に置かれた政府の税制調査会(以下、政府税調)が、6月30日、「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方―」と題する答申(諮問に対する回答文書)を取りまとめ、岸田文雄首相に手渡した。この資料には“大増税時代”を予見される記述が多々見られるという。元総務官僚で制作コンサルタントの室伏謙一氏が、そんな横暴を働こうとする岸田政権と財務省を一刀両断した。
この政府税調が提出した全261ページからなる答申。かなりのボリュームのため、関係者や専門家、一部のマスコミ関係者以外、そのすべてをつぶさに読んだ人はそう多くはないだろう。この後段には個別の税目ごとに、政府税調が「あるべき」と勝手に考えている税制の今後の方向性が記載されている。ここで「方向性」と書いたのは、世間で言われているような、増税や控除の廃止・削減等のメニューが具体的に記載されているわけではなく、「経済社会の○○な変化があるから、税の公平性の観点から(決まり文句のひとつ)、この税制はその在り方を検討すべき」といったことしか書いていないからだ。
岸田首相(本人facebookより)
現在、騒がれている「○○増税」といったものについて具体的な記載はなく、あくまで可能性の話に終始している。とはいえ、可能性だけの話だから増税を心配しなくても大丈夫かといえば、そう安心してもいられない。政府税調はあくまでも内閣総理大臣の諮問機関という位置づけであり、何かを決定する機関ではない。しかし、各府省は、政府税調の答申も踏まえつつ、それぞれ政策に関連する税制改正要望を取りまとめ、国税については財務省に、地方税については総務省に、8月末を期限として提出する。そして提出された要望について検討が加えられる。最終的にどのような税制改正とするのかを決めるのは内閣であるが、税制に関しては、政府税調がが非常に大きな力を持ち、実質的にはこの党税調が決めている。党税調の議論は、例年、11月に始まり、12月の中頃に税制改正大綱として取りまとめられている。
こうした税制改正、増税が決められる一連の流れを踏まえると、今の段階で反対や懸念の声を大にしてあげておかないと、気がつけば大増税ということになりかねない。なんと言っても岸田政権は、“財務省政権”と揶揄されるほど財務省の言いなりだからだ。岸田総理自身は長期政権を目指しているようだが、政権の行方など昨今の国内外の状況を踏まえればまったくわからない。だとすれば財務省が「岸田総理のうちに、岸田政権のうちにやれる増税はやっておかなければ」と考えるのも自然な流れだ。現在の日本経済社会が置かれた状況を踏まえてそれが正しいのか否かは別として――。世に言われる「サラリーマン大増税」は、実はかつて(2005年)、石弘光会長(当時)のもと、政府税調において検討され、「個人所得課税に関する論点整理」として報告されたものと軌を一にするといっていい。そのときは翌2006年9月に成立した第一次安倍政権において、石弘光氏が政府税調の職を事実上解任されたため実現せず、お蔵入りとなっていた。財務省からすれば、“リベンジ”の絶好のチャンスが再び到来したといったところだろう。
財務省
では、具体的にどのような影響が一般国民に、特にサラリーマンに及ぼされることになるのか?まず、サラリーマンなら誰もがその恩恵を受けている、勤務費用の概算控除としての給与所得控除が、「相当手厚い」とされ、圧縮(減額)、または廃止される可能性がある。「相当手厚い」のは「主要国」と比較しての話のようだが、「主要国」とは、自分たち(財務省)に都合がいい国だけが抽出されている可能性があるし、そもそもなぜ他国と比較する必要があるのか。日本独自の制度なり日本独自の運用、それでいいではないか。
さらに配偶者控除や配偶者特別控除も縮小や廃止の可能性がある。その理由は、共働き世帯が増えたからとのことだが、妻も働かざるをえない社会経済にしたのはいったい誰なのか。緊縮財政で日本経済をズタズタにした財務省がその最大の戦犯のひとつではないのか。さんざん経済財政政策を間違い続けて、まだその間違いを続けるつもりか、と憤りを禁じえない。また、年末調整で登場する生命保険料控除や地震保険料控除、そして寄付金控除も、すべて縮小、廃止の可能性がある。
さらに、「非課税等とされる意義が薄れてきていると見なされる非課税所得等の見直し」と言われても何のことかわからないかもしれないが、通勤手当がその典型例だ。オークションサイトやフリマ、中古品屋で売却して得られた収入もこれにあたる。通勤手当に課税されては通勤費の一部が自腹ということになってしまうし、例えばオークションサイトで売却してせっかく稼いだ小遣いの一部を課税されて持っていかれてしまう。そうなれば、財布の紐はますますかたくなって、消費が減退するばかりか、将来への不安も増える一方だろう。さらに、失業等給付、生活保護給付、遺族基礎年金、遺族厚生年金、そして給付型奨学金も現在は非課税所得だが、「非課税とする意義が薄れてきている」と財務省が勝手に判断して、課税対象となる可能性もある。失業者や生活保護受給者から税金をまきあげようとは、悪魔の所業であるとしか言いようがないし、奨学金に課税するならば、なんのための奨学金なのかわからなくなる。岸田政権は“人への投資”を掲げているが、財務省はそんなに生活困窮者や学生を苦しめたいのだろうか。
定年なり退職なりが視野に入ってきている方々に対しては、退職所得控除の見直しという事実上の退職金増税が待っているかもしれない。これは岸田政権が掲げる「三位一体の労働市場改革」と一体のもので、勤続20年以上の20年を超える部分の1年当たりの控除額が70万円であるものを40万円に減額しようという動きで、成長分野への労働移動を円滑化することが目的だそうだ。しかし、単に課税ベースを広げるため、早期退職を促してコストを削減するためのものであることは明らか。これは岸田政権の肝煎り政策のひとつなので、実現する可能性は極めて高いだろう。
そうなれば、退職金の手取りが減って、苦しい老後を強いられ、低賃金でも働き続けなければならなくなる退職者も増えるだろう。高齢者には、公的年金控除の見直しという実質的な増税も待っている。若者をいたぶるだけでなく、高齢者も苦しめる、財務省はいったい何をしたいのか?“ストックオプションで高収入”を期待していた方々も対岸の火事を決め込んではいられない。売却益への課税が増額されるかもしれないからだ。個人事業主も事業所得の控除を縮小、つまり事実上の増税の可能性もある。「スタートアップやフリーランスを増やす」と言っていたのは岸田政権ではないか。また、ギャンブル好きの方々にも悲しいお知らせだ。懸賞金やギャンブルの払戻金といった一時所得は、その全額ではなく2分の1が他の所得と総合されて課税対象になっていたが(2分の1課税)、これも縮小、廃止の可能性がある。廃止されて全部が課税対象になれば、事実上のギャンブル増税である。
他にも増税メニューになりうるものはたくさんある。それらの多くが実現すれば、財務省にとっては増税天国、一般国民にとっては増税地獄である。すると消費や投資は減退し、消費者に買ってもらうために値段を下げざるをえず、そのために人件費が削られて所得が下がり、さらに消費は減退……という悪循環に陥っていくだろう。その結果、増えるはずだった税収はかえって減ってしまうことにもなりかねない。そもそも税は財源確保のための手段ではなく、あくまでも経済政策の調整のための手段である。昨今の日本経済の状況を踏まえれば、増税ではなく、減税一択のはずだ。財務省に考え方を改めろ、マクロ経済の現実を直視せよ、と言ったところで、「ザイム真理教」とも揶揄されるぐらい増税と財政再建(財政の黒字化)を頑なに、ある種、狂信的に進めようとする今の財務省は聞く耳を持たないだろう。
ならば、我々一般国民が「増税反対!」の声をより多く挙げ、反増税のうねりをつくり、党税調がとても増税などとは口に出せない、そんなことは決められないという状況にしていくしかあるまい。残された時間は意外と少ない。取材・文/室伏謙一 集英社オンライン編集部ニュース班