日米のブルワリーが語るクラフトビールの現状と未来 – トークセッション「Tap March Friends」

ブルックリン・ブルワリー創業およびブルックリンラガー発売35周年を記念し、同ブランドのブリュー・マスターであるギャレット・オリバー氏が来日。これを機に、キリンビールは、ギャレット氏と交友のある日本国内の「Tap March」参画ブルワリーらとともに、ビールづくりに込めた思いとクラフトカテゴリー活性化に向けた取り組みについてを語り合うトークセッション「Tap March Friends」を開催した。

キリンビールでは、クラフトビールカテゴリの活性化を目指し、ブルワリーとともに様々な取り組みを展開。本年度に入ってからも、クラフトビールの魅力を広めるため、飲用体験創出の場として、全国の13ブルワリーと連携したイベントを開催したほか、キリンビールの工場にて、参加ブルワリーの作ったビールの官能評価会や分析を実施し、業界全体の品質レベル向上を目指すなどの取り組みを行っている。

さらに、クラフトビールがより身近に味わえる飲食店用のディスペンサー「Tap March(タップ・マルシェ)」にて、2017年のサービス開始以来、クラフトビールのおいしさ、多様性を提供する機会を創出し、現在では13社26液種(限定商品を除く)を展開。市場全体では、未だコロナ禍以前の水準に回復していないと言われる中、タップ・マルシェの売上推移は2019年の水準に回復するなど、さらなる広がりの可能性を感じさせている。

そんな状況を踏まえて開催された、クラフトビールのブルワリーによるトークセッション「Tap March Friends」には、ブルックリン・ブルワリー ブリュー・マスターのギャレット・オリバー氏のほか、SPRING VALLEY BREWERYを手掛けるキリンビール マスターブリュワーの田山智広氏、ヤッホーブルーイング 製造部門統括責任者の森田正文氏、二軒茶屋餅角屋本店 執行役員 ブリュー・マスターの出口善一氏、木内酒造1823 洋酒製造部 ゼネラルマネージャーの谷幸治氏が参加。クラフトビールの現在、そして未来についての興味深いトークを展開した。
○■コロナ禍がクラフトビール業界に与えた影響

ニューヨークにおけるコロナ禍の影響について、「ブルックリン・ブルワリーにとっても、想像を絶するような出来事でした」と振り返るギャレット氏。コロナ禍でおよそ6割のビジネスを失い、回復はしているものの、2020年の水準には達していないというニューヨークの現状に対し、海外、特にヨーロッパでは、50~60%くらい2019年を超えるなど、劇的な伸びを見せてるという。ニューヨークの回復が遅れている理由については「在宅勤務の定着」を挙げ、仕事後のハッピーアワーの減少などから、最近ようやく戻りつつあるという状況を報告した。

一方、日本国内におけるクラフトビールカテゴリーの取り組みについて、「以前はクラフトビールをビアバーにしか卸していなかった」と話す出口氏。タップ・マルシェ参入後、居酒屋などビアバー以外の飲食店にもアプローチできたことで、クラフトビールの底上げが図られ、認知度の向上や支持層の広がりを実感しているという。

「クラフトビールをカルチャーとして定着させるためには、みんなで協力しないといけない側面がある」という森田氏。実際、横の連携を大事にしながら、ビールの作り方や品質向上のアドバイスをシェアするといった関係性の構築を10年以上続けてきたが、コロナ禍によって、ブルワリー同士が出会える機会が激減したと振り返る。その一方、ここ数年で知らないブルワリーの数が増加。「コロナ禍で会えなかったメンバーはもちろん、新しくできたメンバーも含めて、みんなで勉強したり、品質向上のための意見交換を行える場を、業界全体であらためて作っていかないといけない」と、今後の取り組みへの展望を明かした。

「地域の農業と食文化に寄り添う」ことを念頭にビールづくりを行っているという谷氏。地元・茨城県が、1968年には、ビール大麦の一大産地として、全国トップのシェアを誇っていたというデータを示し「テロワール的に茨城は麦に向いている」として、現在でも契約農家に生産を依頼するほか、麦芽工場を作るなどの取り組みを実施している。そのほか、茨城県那珂市と姉妹都市という関係性から、秋田県横手市にてホップを生産。筑波山でしか採れない「福来(ふくれ)みかん」を使ったビールを作るなど、「農業と密接に関わった、日本らしさ、常陸野らしさをデザインした商品」への取り組みが紹介された。

キリンビールの社内ベンチャーとしてスタートした「SPRING VALLEY BREWERY」では、「店舗で、お客様接点でクラフトビールを作るという形で展開してきた」という田山氏は、「タップ・マルシェ」についても「キリンビールが一社でできることには限界がある」と指摘。

「クラフトビールは、いろいろなつくり手が一緒になって、力を合わせていかないと、なかなかお客様に魅力が伝わらない」と続け、「お客様とクラフトビールの接点を多く作る」ことと、「一口飲んだ時のクラフトビールのおいしさを保証するために、クオリティを上げていく」ことの2点を重視しながら、「なかなか難しいこともありますが、焦らずに、じっくりとみんなと力を合わせて、これからもさらに広めていければ」との意気込みを示した。

○■日本におけるクラフトビールの未来と可能性

アメリカにおけるクラフトビール市場について、「1980年代ころに、クラフトビールが一回全部潰れた」と振り返るギャレット氏。移民が各地のビールを持ち込んだおかげで、世界中で最も多様なビール文化を誇った1880年代のニューヨークだが、1975年には醸造会社も40社程度に落ち込み、いったんゼロベースに戻ってしまったと言及する。その一方で、アメリカではビールの自家醸造が許されていることから、アマチュアとして予備軍がいることが日本との大きな違いであり、「(日本には)ビールを底辺から支えている人達がなかなかいない」という状況を指摘する。その上で、SNSの発達により、アメリカのトレンドと他の国とのギャップがなくなっている現状においては、「それぞれの国に根ざしたビールができるのでは」との期待を寄せた。

「クラフトビールは本当に楽しいですよね」と笑顔を見せる谷氏だが、「楽しくて、自由で、本当に美味しいものを作るためには品質管理が重要。しっかり、真面目に、良いものを作ることにこだわっていきたい」と意気込みを新たにする。キリンビールからの品質向上に関するアドバイスに感謝の意を示しつつ、「タップ・マルシェ」のHPに書かれた「自由市場」という文言に注目。「市場には、その時々の旬な食材がある。それと同じ様に、クラフトビールも旬なものを出していければ、さらに広がっていくのでは」と提言を加える。

一方、「クラフトビールの良さは多様性」という出口氏は、「皆さんのビールに対するイメージを変えてくれる、好みを探させてくれる場だと思っているので、我々の工夫で皆さんに驚きのあるビールを作っていきたい」と続け、「ジャパニーズスタイルとでもいう、日本独自のカテゴリーができるようなビールスタイルを作りたい」との展望を示した。

森田氏は「クラフトビールは、すごく大きなポテンシャルがあるマーケットだと思っていて、これが5%、10%になっていくと、もっと日本のクラフトビールが盛り上がっていける」と前向きな姿勢を見せる。「マーケットが多くなって、良い職人がどんどん育っていけば、世界のトップの国々と一緒に、クラフトビールを広げていけるポテンシャルがある」との期待を明かした。

「一度飲めば良さがわかる」という信念の下、「何とかして、口に入れてもらうために、あの手この手を考え、一人でも多くのお客様にクラフトビールの魅力をお伝えする。これに尽きると思っています」と、田山氏は今後の活動への意気込みを示した。

これに対して、「日本のクラフトビールがメインのビールになる、そんな時代が必ず来る」と断言し、「世界中のトレンドは、幅広い種類のビール」だというギャレット氏。東京は、ミシュランの星付きレストランが世界で一番多い都市であり、食文化の頂上に立っている都市だと言及し、「その食文化に、ビールこそ合わせるべき」だとの思いを述べる。
「クラフトビールを一度知れば、ものすごく広い世界が待っており、食事や生活が、毎日少しずつ豊かになるチャンス」と捉え、「我々はそういったすばらしい豊かな生活を提供できる職人」だと自負。「家庭でもバーでもレストランでも、どこでも通用するように品質にこだわっており、タップ・マルシェこそが、超高級な品質のさまざまなビールを提供できる」と熱弁し、トークセッションを締めくくった。

糸井一臣 この著者の記事一覧はこちら