「囲碁のヨセは経営者でいうなら人間関係のケア」上野愛咲美×川上量生、“N高対談”! 新たに開学予定のZEN大学の講師に、との声に「ぜひやってみたい」

史上2人目のグランドスラムを達成した囲碁界の若き天才、上野愛咲美女流立葵杯・女流名人はN高出身。一方、川上量生さんは同学園の理事を務める。そんな縁から前編ではふたりの夢の対局をお伝えしたが、後編では対局後の対談へ。ふたりが師事する藤澤一就八段も交え、話題は囲碁にとどまらず、ビジネスや教育にも及んだ。
上野愛咲美(以下、上野) 対局に続き、対談もよろしくお願いします。対局を終えての感想はいかがですか。川上量生(以下、川上) 囲碁ってヨセ(終盤)がすごく大変ですよね。囲碁の局面で一番考えるのがヨセだと思うのですが、僕は地道な作業が嫌で……。上野 ヨセは私も好きではありませんでした。地道な作業はお仕事でも嫌いですか?
川上量生さん(左)と上野愛咲美さん(右)
川上 仕事で細かいところまで詰めてやりきるのはあまり好きじゃない(笑)。上野 構想を描くのはお好きということですか?川上 最初に何か大きな方針を決めてやるのは楽しいですね。藤澤一就(以下、藤澤) ヨセは仕事では何にあたるのでしょうか?川上 人間関係だと思います。社内の人間関係を調整するのって、すさまじく面倒くさいですよね。でも、人間関係が壊れるだけでその部署がまるごとダメになったりするので、ケアがすごく大事。けれど、やりなくないでしょ?
藤澤 囲碁とビジネスの違いとは?川上 囲碁は盤面を見れば全部の情報がありますが、ビジネスの世界は一部の情報しか把握できない。だから局面の状況をちゃんと知るのに時間がかかるんですが、情報が十分にあるときは意志決定にそこまで時間はかかりません。ただ一見、黒石のこいつと黒石のこいつがつながっているように見えるけど実は仲が悪いとか、そういう人間関係の問題がからむとすごく大変。それをケアするのがヨセに近いのかもしれません。
上野 碁のおもしろさはどんなところだと思っていらっしゃいますか?川上 やっぱり複雑さですよね。碁の本を読んでいると雰囲気で書いてあることが多いんですよ。手の解説でも「上辺の方をにらんだ」の“にらむ”って何だよ、みたいな(笑)。“押したり引いたり”って駆け引き的な言葉も将棋と違って、囲碁は必ずしも正解が明確にある感じではないですよね。特に序盤の解説は禅問答みたいなことしか書いてなくて。「この手がいいと言われているのだけど、その根拠がまったくわからない」とか。そういうところがおもしろいと思います。上野さんが碁を始めたきっかけは?
上野 私の祖父は囲碁が趣味で、アマ六段くらい打つんです。それで「囲碁は頭をよくするのにいいし、習いごととして始めてみたら?」と言われて。4、5歳のころに日本棋院へ行ったら、「新宿子ども囲碁教室」のチラシをもらって、すぐに藤澤先生のところに通うようになりました。川上 教室に通ったのは、最初から碁が楽しかったから?上野 いえ……教室の近所にサンリオのショップがあって、教室に行くとそこのポップコーンが食べられるので、毎回ルンルンとスキップしながら通っていました。囲碁が好きだったかどうかは覚えていません(笑)。
川上 上野さんはN高の卒業生ということで、ほかのインタビューでもN高のことを話してくださってありがとうございます。タイトルを獲ったときのインタビューなのに、なぜかN高の宣伝になっていたこともありました(笑)。藤澤 上野は中3でプロ入りしているので、プロ棋士としてN高に通ってました。最近はN高に行っている棋士は多いです。上野 囲碁棋士ですと、関航太郞天元や広瀬優一七段もそうですね。フィギュアスケートの紀平梨花さんや音楽家のSASUKEくんもいましたね。
藤澤 N高に行ってよかったことはある?上野 年に5日間、N高に通ってテストを受けたりするのですが、そのときたまたま隣になった子たちと一緒にパンケーキを食べに新宿に行ったのはいい思い出です。それと、好きなときに好きな教科を自分の気分次第でできるのが、プロ棋士にはすごく合っています。藤澤 学校に毎日通うと碁の勉強量が減るし、体力的にも疲れるけど、私の弟子も碁の研究の気分転換で1時間くらい授業を見ておこうか、といった感じで学業をやっていましたね。
ふたりが師事する藤田一就八段
上野 ネット碁で負けたあとに「あーあ、学校の勉強しよ」みたいな(笑)。川上 宣伝みたいになって胡散臭いのでやめましょう(笑)。上野 (笑)。(川上さんが顧問を務める)ドワンゴさんが設立するZEN大学(2025年4月開学予定)は学費が年間35万円なんですよね。安くて驚きました。川上 日本って単純に不公平なんですよ。地方と都会だと都会のほうが平均収入は高いのに、地方の人が大学に通おうとしたら下宿をしなきゃいけないからお金がかかる欧米だとお金持ちが私立大学で教育を受けて、お金を持ってない人は国立大学に行くけど、日本はその逆で、年収1000万以上の家庭の子どもは半分以上が国立大学へ進学する。それってちょっとおかしいでしょ。
上野 通信制とネットの学校の違いとはなんでしょうか。川上 通信制の学校ってテキストが郵送されてきて、その課題をこなして送り返すやり方。でも、それだと学校とはいっても自分ひとりの孤独な戦いで、他の生徒とのコミュニケーションが基本、まったくない。だからそういったコミュニケーションをオンラインの学校で作りたかったんです。
川上 先生が40人くらいの生徒の前で授業をするってまったく合理的ではないから、インターネットやパソコンを使った個別指導教育は、明らかに未来の教育。でも、日本では“通信教育”とくくられると、全日制の学校の下に見られがち。だから通信制の概念を変えるオンラインの通信教育の学校をつくろうと、この事業を始めたんです。藤澤 それがプロ棋士など、一部プロフェッショナルが通うのに都合のいいカリキュラムになった。
川上 そうですね。世界を見ても、本来、もっと自由に勉強できていいはず。日本の制度の中でもできるだけ学校でやらなきゃいけないことは少なくして、必修じゃない授業に力を注げるようにするのが僕の方針です。上野 ZEN大学では囲碁の授業もありますか。川上 考えています。AI時代に人間が必要とされる能力って、やっぱり物事を抽象的に捉える力だと思うんです。そういう意味でも囲碁はAI時代の人間が知性を発揮できる領域だと思います。藤澤先生に教授をお願いしていますので、上野さんも……。上野 おー、やってみたい!
川上 囲碁は基本的に男の競技ってイメージだと思うんですけど、それを上野さんが打ち破った。だからそんな上野さんに教えていただければ説得力もあるし、女性囲碁人口も増えると思うんです。実例があって、N高の政治部の講師に三浦瑠璃さんをお招きしたら、女子の応募が圧倒的に多くなったんです。なので、男社会と思われていたものへのカウンターのシンボルとしてぜひ上野さんにお願いしたいなあと。上野 はい、私もたくさんの女性に囲碁をやってほしい。女性棋士同士は仲間意識もありますし、女の子がやっているとうれしいので、もっと囲碁を流行らせたいのですが……。
川上 囲碁はすごくおもしろいけど、まったく知らない人に教えようとすると、そのハードルの高さにちょっとたじろいじゃいますよね。藤澤 囲碁をされる経営者の方も昔は多かったですが。川上 昔は社交だったわけですよ。碁をやっていないとそもそも人付き合いができなかったような。ゴルフにはまだそれが残っていると思うのですが、僕らの世代で碁をやる経営者はもう数えるほどですよ。社交的要素が今はだいぶ薄くなっているんだなと感じます。以前、藤澤先生ら囲碁仲間を集めて南の島のリゾートホテルに行って、囲碁大会を開催したこともありましたね。誰も海に行かないで、夜中の2、3時までずっと部屋で碁を打って、それじゃ意味がないっていって、プールサイドで碁を打ったりとか。上野 えー、なんだか楽しそうですね!藤澤 もう10年くらい前ですかね。川上 もう子供もいるし、コロナで別荘での碁会もなくなっちゃいましたが。上野 お子さんは囲碁をやっているんですか。
川上 はい、今8歳なんですけれど、藤澤先生に子供の友達と一緒に教えていただいてます。でもやっぱり今の子って、YouTubeやゲームの『スプラトゥーン』といったものが遊びのメインで。時間のかかる囲碁に夢中になるのはけっこう難しいですね。上野 親子でのペア碁も楽しそうじゃないですか。川上 囲碁で一番いいのは集中力が身につくこと。子どももそうですけど、今の僕も集中力がないんで身につけたいです。上野 次回の川上さんとの対局は、置石(ハンディ)なしでもやってみたいです。藤澤 僕と打つときには、置石を少なくしてコミ(ハンディ)にして打っています。上野 また対局ができることを楽しみにしています。本日はありがとうございました。
取材・文/内藤由起子集英社オンライン編集部ニュース班