「ウチの領土を取り戻す」攻撃はいつまで可能? 「反撃」はOK、「仕返し」はNG 法的な境界線とは

他国に占領されてしまった自国領土を、時間をおいて武力で取り戻すことは認められるのでしょうか。現行の国際法で武力行使は原則認められていませんが、例外として自衛権の行使があります。ただ行使にも、条件があります。
2023年9月19日、バルト海に面するアゼルバイジャンと、その隣国であるアルメニアとの係争地域である「ナゴルノ=カラバフ」において、アゼルバイジャンによる軍事行動が突如として開始されました。アゼルバイジャンが「対テロ作戦」と位置付けたこの軍事行動は、開始からたった2日後の9月20日に、現地を占領しているアルメニア系住民により構成される「ナゴルノ=カラバフ共和国」側が降伏したことで幕を閉じました。
「ウチの領土を取り戻す」攻撃はいつまで可能? 「反撃」はOK…の画像はこちら >>ナゴルノ=カラバフにおいて、アゼルバイジャン軍が軍事侵攻した。写真はイメージ(画像:アゼルバイジャン国防省)。
このナゴルノ=カラバフを巡っては、アゼルバイジャン領でありながらその住人の多くはアルメニア系の人々が占めるといういびつな状態ゆえに、その帰属が長年争われてきました。
今から約30年前の1980年代末から1990年代初めにかけて発生した「第1次ナゴルノ=カラバフ紛争」により、ナゴルノ=カラバフとその周辺地域はアルメニアの支配下となりました。しかし2020年には、今度は経済力と軍事力を盛り返したアゼルバイジャンが、トルコを後ろ盾としながら大規模な軍事攻撃を仕掛け、40日余りの戦闘の末にナゴルノ=カラバフを囲む周辺地域の多くを奪い返しました。
今回の軍事行動は、こうした長年におよぶ両国間の衝突の中で生じた出来事であり、アルメニア、およびその同盟国であるロシアが軍事的に対応できないことを見越して決断されたものと見られています。しかし、一度他国に占領されてしまった自国領土を、時間をおいて武力で取り戻すことは、国際法的にどう評価されるのでしょうか。
2023年現在の国際法では、基本的に武力を行使すること(他国に対して軍事力を行使すること)が原則として禁止されています。そのため、他国との争いが生じた場合には、それを外交交渉や裁判など、平和的な手段によって解決することが求められています。
それでも、すべての国が国際法に従って物事を解決するというわけではありません。ロシアによるウクライナ侵攻がその例であるように、たとえ違法であったとしても他国に軍事侵攻する国もあります。そこで、国際法ではそうした違法な軍事侵攻(武力攻撃)を受けた被害国に対して、自国を防衛する権利である「自衛権」を認め、それに基づく武力行使を例外的に許容しています。
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ロシアによる一方的な軍事侵攻を受け、自衛権を行使し対戦車ロケットを撃つウクライナ兵(画像:ウクライナ軍参謀本部)。
しかし、例外である以上は当然いくつかの要件を満たさなければ、合法な形で自衛権を行使することはできません。まず、他国からの意図的かつ一定の規模を伴う軍事的な攻撃である「武力攻撃」が発生し、その武力攻撃への対応には自衛権の行使以外に手段がないという「必要性」要件を満たす必要があります。また、その武力攻撃を跳ね返して自国を防衛するという目的にかなう、適切なレベルでの反撃を行う「均衡性」要件も満たす必要があります。
さらに、武力攻撃の発生からあまり時間を置かずに反撃を行うことを求める、「即時性」要件も満たす必要があるのですが、今回のテーマで重要なのは、まさにこの即時性要件です。
なぜ即時性要件が求められるのか――その理由は、自衛権の行使はあくまでも攻撃を受けたことに対する反撃行為であって、これを相手国に対する仕返しや懲罰をも目的とする行為と区別するためです。
ただし、即座に反撃といっても、そこまで厳格に瞬時の反撃しか認められないというわけではありません。実際の軍事作戦には周到な準備が必要ですし、特にテロ攻撃を受けた際の反撃には、相手が誰であるのかを特定するという作業が必要になります。
実際、2001(平成13)年に発生した「アメリカ同時多発テロ」では、その首謀者であるテロ組織「アルカイダ」、およびこれをかくまっていたアフガニスタンのタリバン政権に対して、アメリカが自衛権の行使として軍事行動を開始したのは事件発生から約1か月後でした。
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同時多発テロが発生してから15日後に撮影された、世界貿易センタービルの様子(画像:アメリカ国防総省)。
しかし、一度他国に自国の領土を奪われたからといって、それから何十年もたったのちに自衛権の行使として軍事力に訴えることは、即時性要件の観点から問題があると筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。
たとえば、その奪われた領土を拠点としてもう一度武力攻撃を仕掛けられたとか、あるいは一度領土を奪われて以来一貫して戦闘状態が継続しているとなれば話は別です。
一方で、両国間で停戦協定が結ばれ、かつ実効支配している側の統治が平和的かつ相当長期にわたり行われているような場合には、過去に行われた武力攻撃を理由として自衛権を行使することは難しいでしょう。ただし、どのような場合に即時性要件などを満たす形で合法的に自衛権を行使できるかは、結局のところケースごとの個別の判断に委ねられることになります。
一度奪われた領土を取り戻すことは、法的にも、あるいは軍事的にもたくさんの困難がついて回ります。まずは、そもそも自国の領土を奪われないようにすることが肝要といえるでしょう。