政府は12月16日、2024年度の介護報酬改定の改定率を「+1.59」に正式決定しました。
この+1.59%は、社会保障費を抑えたい財務省の長である鈴木財務大臣、介護人材の待遇改善を図りたい厚生労働省の長である武見厚生労働大臣が、閣僚折衝を行った上で決定された数値です。このプラス改定に対し、新たに432億円の国費が投じられます。
会合後に武見厚労相は厳しい交渉だったと述べ、介護職の賃上げを実現できる水準を確保したと主張。今後さらに、介護職の処遇改善に向けて具体的な議論を重ねていくと述べています。
また同大臣は、来年度からは介護職の処遇改善加算が一本化され、その効果を含めると、実質的には2%台のプラス改定と言えると強調しました。
しかし、改定率がプラスにはなったものの、専門家・研究機関からは高いプラス改定を望む声が以前から上がっていましたが、その水準よりもかなり下回る数値です。現在、この「+1.59%」の改定率に対し、低すぎるのではないかとの声も上がっています。
プラス1.59%の改定率は、2009年度改定時のプラス3.0%以来の高い数値です。
しかも2009年改訂は、その前の2003年(マイナス2.3%)、2006年(マイナス2.4%)と大幅なマイナス改定が続いたことを踏まえての、プラス改定でした。
2024年度の場合、前回の2021年度の改定率は+0.70%、前々回の2018年度は+0.54%であり、プラス改定が2回続いています。これまでの慣例に従えば、プラス改定が続いたのでそろそろマイナス改定になってもおかしくない頃ですが、実際にはプラス改定となりました。プラス改定となった理由は、やはり昨今の物価高、さらに介護職の待遇改善を強く意識したことが背景にあります。
なお、同時期に報酬改定がされる医療報酬の改定率は+0.88%。医療報酬も物価高などが考慮されてのプラス改定でしたが、介護報酬はそれを大きく上回る改定率です。この点、介護分野に特別配慮された側面があるとは言えます。
しかし、介護分野の専門家・研究機関らは+1.59よりもはるかに高い改定率を望んでいました。「期待外れ」の声も少なくないのが現状です。
過去2番目、2009年に次ぐ高さとなったプラス1.59%の改定率ですが、この改定率の内訳は「処遇改善加算の上乗せ」分が0.98%であり、本来の改定率は残りの0.61%となっています。介護職の他分野への人材流出を防ぎ、少しでも介護人材を確保するための特別措置とも言えます。
しかし、0.98%分が一本化される処遇改善の加算に回されるいわば特別枠であるなら、従来通りの改定率、つまり「純粋に介護サービスを提供することで得られる報酬・加算の上昇分」などは、0.98%を差し引いた0.61%です。
この0.61%という数字は、実際のところ前回改定時の0.7%よりも低い数値です。この0.61%分で、各施設・事業所は物価が上がり、人件費以外もコスト高が続く中で黒字経営を目指す必要があります。特養や老健は赤字施設も多いですが、それを0.61%の改定率で改善に向かわせることができるのか、疑問の声が上がっています。
2024年度の介護報酬改定を前にして、各種研究機関・団体からは、大幅なプラス改定をすべきとの提言が複数行われていました。
例えば一般社団法人介護人材政策研究会は、2024年度介護報酬改定では少なくとも4%のプラス改定率が必要であり、介護施設・事業所が安定的な運営をしていくには、5%のプラス改定が必要と指摘していました。
また、公益社団法人全国老人福祉施設協議会は、改定率プラス9%を要望していました。9%の根拠は、物価上昇分を考慮した分が2.27%、賃上げ相当分が6.50%。両者を合算して四捨五入して9%というわけです。
物価上昇分の相当分の根拠は、日銀・物価見通しが過去2か年平均で2.3%であり、さらに代表的な介護施設である特養の経費率が32.9%であることから、(32.9%×2.3%)×3年=2.27%と算出されています。
賃上げ相当分の根拠は、中小企業の2023年の春闘による賃上げ率が3.23%。さらに特養の人件費率67.1%であることから、(67.1%×3.23)×3年=6.50%と計算されています。
9%のプラス改定はあくまで理想値であり、この通りになるとは提言を出した側も思っていなかったかもしれません。しかし実際に出された政府側の数値は+1.59%であり、理想値よりあまりにも低い数値でした。
介護分野の側からすると、大幅なプラス改定により施設・事業所の業績改善、人材確保を図りたいわけですが、財務省など「プラス改定を少しでも抑え、社会保障費増大を抑えたい」と考える側にも主張の根拠があります。
介護報酬は利用者の自己負担額が1~3割、介護給付費が7~9割で構成されています。回される介護給付費の財源は、半分が介護保険料、もう半分が公費=税金(市区町村自治体が12.5%、都道府県が12.5%、国が25%)です。つまり、介護報酬をアップすることは、国民から徴収する税金と介護保険料で賄われる介護給付費の財源を圧迫します。
介護保険料は3年に1度改定され、年々値上がりしています。第二号被保険者である40~64歳が負担する介護保険料は事業者側と折半となり、負担額は所得状況によって変わりますが、2023年4月以降における1ヶ月の平均支払い額は6,216円。現在の現役世代が負担する介護保険料は、介護保険制度が始まった2000年当時の約3倍です。
介護報酬の大幅なプラス改定は、介護保険料のさらなる負担増、自治体・国の財政圧迫につながります。現役世代への負担を増やし、国全体の社会保障費増にもつながるので、できれば抑えたいというのが財務省などの意向であるわけです。
先日、厚生労働省側が、2024年2月から介護職員の給与額を月6,000円アップさせる措置を取ることを発表しました。マスコミでも大きく報じられ、「まったく不足」との声も大きいです。
介護報酬改定によって、先述の通り処遇改善の加算に今回の+1.59%のうちの0.98%が回されます。いわば2月から始まる6,000円のアップに、4月からさらに多少上乗せがされる見込みです。わずかながらも賃上げを見込める状況と言えます。
しかしこの改定率では、介護分野が直面している離職率の高さを改善し、他分野への人材の流出を食い止めるほどの効果は期待できません。人介護職の待遇改善・人材確保は喫緊の課題であり、国・厚生労働省には効果的・継続的な賃上げ策を取り続けることが期待されます。
今回は、2024年度の介護報酬改定の改定率が「+1.59%」に正式決定したニュースについて考えてきました。介護保険制度とそれを担う介護職は、日本国民の老後生活を支える福祉政策の柱です。この点を踏まえ、人材不足の危機的な現状を隠さずに国民にきちんと説明して理解を得られれば、もっと高いプラス改定も実現できるのではないでしょうか。