日産自動車が2022年7月に発売した新型「フェアレディZ」は、生産計画を大幅に上回る注文が入ったため発売直後に受注が一旦停止となり、現在も「幻の新車」となっている。そんなZに昨年、高性能モデル「NISMO」が追加となった。標準車と何が違う? 乗って確かめた。
Z NISMOを買える人は?
フェアレディZの現行型は2022年7月に登場。フルモデルチェンジに相当するほど大規模なマイナーチェンジを図った新型車には購入希望者が殺到し、コロナ禍などによる部品調達の問題もあり、発売後わずか1カ月で受注停止となってしまった。現在も受注再開には至っていない。
そんな中、日産は発売から約1年となる2023年7月にフェアレディZの2024年モデルを発表した。主な改良点は「Amazon Alexa」を全車で標準装備としたことなど。このタイミングで高性能なNISMOロードカー「フェアレディZ NISMO」(以下、Z NISMO)も追加となった。
受注停止中のクルマに新たな仕様を投入するのは一見すると不思議だが、日産によれば、すでにフェアレディZを注文済みで納車を待っている顧客が、Z NISMOへの変更を希望した場合は受け付けるという。ただしZ NISMOの生産台数にも限りがあるため、希望者多数の場合は抽選となるそうだ。
驚くべきはZ NISMOの920.04万円という価格だ。なんと、ベースグレードの539.88万円に比べ380.16万円高(約1.7倍)となる。従来のグレード展開で最も高価だった「バージョンST」と比べても約255万円の価格差があると聞けば、ずば抜けていることがおわかりだろう。
Z NISMO最大の特徴は、サーキット走行を視野に入れた高い性能だ。つまり、速く走ることが最大の目的なのである。このため、空力性能を向上させる専用エアロパーツを備えたエクステリアや、運転の操作性をより高めたインテリアなど、NISMOロードカーとしての基本性能はもちろん押さえたうえで、「GT-R NISMO」と同様にエンジンのチューニングにまで手を加えている。
エンジン性能の向上はサーキットでタイムを縮めるための大きな武器となるが、専用部品を含むエンジン開発に時間もお金もかかるため、大幅なコストアップにつながりやすい。しかもNISMOはメーカー純正コンプリートカーなので、高い信頼性も求められる。このあたりの事情を考慮すると、Z NISMOが1,000万円近い価格になるのもやむなしといったところか。
フェアレディZが搭載する3.0LのV型6気筒ツインターボエンジンはただでさえ高性能なのだが、Z NISMOは最高出力が11kW(15ps)アップの309kW、最大トルクが45Nmアップの520Nmに向上している。意外なことにトランスミッションはAT(オートマチックトランスミッション)のみ。これも、速く走るための秘策だ。
悪条件でZ NISMOが真価を発揮?
今回、Z NISMOに試乗したのは長野県の女神湖周辺。本来ならZの運転が楽しめるはずの山道が中心だったのだが、ところどころに雪が残る濡れた路面をスタッドレスタイヤで走るという、必ずしもスポーツカー向きの環境とはいえない状況だった。ただ、悪条件だからこそ見えてきたZ NISMOの美点もある。
まず、ひと目でスポーツカーだとわかる外観を見ただけでも、胸が高鳴る。内装は専用のスエード巻きステアリングやスリムなレカロ製スポーツシートなどを備えた“好戦的”なしつらえ。標準モデルとの差別化が明確で特別感は十分だ。
パワフルなエンジンを積んでいるので雪の残る道では走りにくいのではと心配したのだが、それは全くの杞憂だった。大径タイヤはしっかりと路面をとらえてくれるし、ステアリングやシートからクルマの動きが伝わってくるので、アクセルやブレーキの操作を的確に行うことができた。
最もエンジンの反応がよくなるNISMO専用のドライブモード「SPORT+」も試してみたが、的確な操作を行っている限りでは運転に不安を覚えることはなかった。エンジン出力がリニアに紡ぎ出されているからだろう。さすがはメーカーチューニングのスポーツカーだ。
雪が凍ってデコボコになった道も走ってみたが、路面からの衝撃を感じたものの、不快さはなかった。そのような状況下でも、ステアリングは取られにくい。足回りは硬めながら、衝撃吸収性にも優れていることが確認できた。これならば、普段使いでも乗り心地に不満を感じることは少ないだろう。
普通のZとNISMOのZ、キャラはどう違う?
それでは、普通のZとNISMOのZは何が違うのだろうか。新型フェアレディZの開発に携わった日産のドライバーは、「標準車は公道で運転する楽しさを優先した一方で、NISMOはサーキットでの楽しさを追求しました」と話す。
Z NISMOはサーキットを速く走ることを最優先にしている。MT(マニュアルトランスミッション)を設定していないのも、それが理由だ。Z NISMOのMT仕様にニーズがあることは日産も理解しているそうだが、あえてATのみとしているのだ。
現在のATは高性能化が進んでおり、プロドライバーでも、同条件で走ればMTよりもATの方が速い時代になっている。ATなら最適なタイミングで変速できるし、シフト操作自体も素早いことなどが速く走れる理由だ。ドライバーがステアリングやペダルの操作に集中できるのもメリットだ。
開発ドライバーによれば「Z NISMOは別のクルマを仕上げるつもりで開発しているので、キャラクターが標準のZと異なる部分も多いんです。もちろん、高性能エンジンによる加速のよさや進化した足回りによる乗り味のよさなど、いい面は共有しているので、どちらもいい出来だと自負しています。だからこそ、お客様にはご自身の使い方に合った最適なモデルを選んでいただきたいです」とのことだった。
少し意地悪な質問だが、前出のドライバーにどちらのZがベストかと尋ねてみると、自身も新型Zの購入を望んでおり、オーダー再開を待っているとしたうえで、「普段乗りがメインなので標準車のATですかね」と答えてくれた。開発ドライバーがAT車を選ぶというのは少し意外だったのだが、ドライブモードによる走りの変化が楽しめること、スポーツドライブにも対応するATの反応のよさ、操作性に優れるパドルシフトの存在などがATを選ぶ理由なのだという。
NISMOに乗って標準モデルの尊さを知る
新型をじっくり眺めるのは初めてだったが、日産を代表するスポーツカーのフェアレディZはやっぱりカッコいい。決して安い買い物ではないけれど、今の時代、ちょっと豪華なSUVやミニバンなどにも同じような価格のクルマは普通にある。
荷室は狭い。2人しか乗れない。不便な点も多々あるフェアレディZだが、それも、ユーティリティ重視の現代車とは異なる個性と考えれば愛おしい、といえるのではないだろうか。
Z NISMOはサーキット指向が強い“こだわり派”向けの商品だと思う一方で、基本を共有する標準車が500万円台で買えるというのは、改めて考えてみるとお得感がある。V6エンジンが自然吸気の3.7Lから3.0Lツインターボとなったことで、パワーも刺激も大きく増した。電動化シフトが叫ばれる今、これほどスポーティーなピュアエンジンを楽しめるのは、とても贅沢なこと。それが500万円からならば、夢で終わらせずに済む。
最後にフェアレディZの現状だが、今のところ、2024年度中にはバックオーダーを解消できる見込みとなっているという。納車完了のタイミングが見えた頃には、受注を再開したいというのが日産の考えだ。個人的な意見だが、2025年のオーダー再開には期待していいと思う。Zが欲しい人は今からアンテナを張っておくべきだろう。
大音安弘 おおとやすひろ 1980年生まれ。埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に。現在はフリーランスの自動車ライターとして、自動車雑誌やWEBを中心に執筆を行う。主な活動媒体に『webCG』『ベストカーWEB』『オートカージャパン』『日経スタイル』『グーマガジン』『モーターファン.jp』など。歴代の愛車は全てMT車という大のMT好き。 この著者の記事一覧はこちら