厚生労働省は2023年3月から、各市町村などで行われている総合事業について「充実に向けた検討会」を設置して、より効果的な実施についての検証を始めると発表しました。
総合事業は、正式には「介護予防・日常生活支援総合事業」と呼び、要介護認定で要支援者に認定された方を対象に、介護予防や日常生活支援のサービスを提供するもので、2014年から制度化されました。
総合事業の大きな特徴は、介護事業者だけでなく、民間団体など住民主体の取り組みも事業の一部に組み込まれていることです。サービスを提供する主体の違いによって分けられています。
さらに、これらのサービスは利用者の自宅などに訪問する訪問型や利用者が通う通所型、移動支援などのその他などに細かく分類されます。以下は通所型サービスにおける区分の例です。
現在、厚労省では要介護者1・2の方も総合事業に移行するかしないかの議論が検討されています。2024年度の改正では関係各所からの強い反対にあって見送られましたが、その次の2027年度まで継続して議論されることになっています。
背景にあるのは、介護保険料の抑制です。超高齢化社会に突入した今、後期高齢者は加速度的に増加しており、介護保険料が財政を大きく圧迫しています。
そこで、財務省が2022年4月に介護保険制度の抜本的な見直しを提案。要支援者だけでなく、要介護1・2の方まで総合事業で支援できないかという議論が起こりました。
しかし、現実的には要介護1・2の方は一人での自立した生活が難しくなっているケースも少なくなく、介護業界は生活機能訓練が主なサービスである総合事業では適切な支援が受けられなくなるとの懸念が示されていました。
これを受けて、厚生労働省ではより総合事業を充実させて、地域の受け皿の拡大を図ることを目的に、「充実に向けた検討会」が設置されることになったのです。
総合事業については以前から「委託事業者に支払われるサービス単価が低く、担い手が少ない」という問題点が指摘されていました。
例えば、生活援助が中心の「通所型サービスA(緩和した基準によるサービス)」は基準が緩和されているため、これまでの介護報酬よりも報酬単価が低く設定されています。
さらに「通所型サービスB(住民主体によるサービス)」や「通所型サービスC(短期集中予防サービス)」は、市町村によって単価が設定されているため、事業者としての運営を継続するだけの利益を得ることが難しいのです。
そのため、大手事業者は総合事業に及び腰で、善意のボランティア団体などが何とか運営を続けているという実態が指摘されています。
担い手がいないので、地域では受け皿となる事業主体が不足しているのです。その根本的な原因に報酬単価の低さがあるのは明確です。
そこで、厚生労働省では2021年から総合事業の対象者とサービス価格(単価)の上限を弾力化して運営できるように介護保険法の一部を改正しました。
これは市町村の判断によって、一部で国の基準を超えた報酬単価を支払ったり、要介護者を対象にした総合事業の提供ができるようにするための改正です。
しかし、弾力化による効果は限定的だと言わざるを得ません。
NTTデータ経営研究所の調査によると、2021年11月時点で対象者を要介護者にまで弾力化して拡大している市町村はわずか11%。
報酬単価の上限をアップしている市町村に至っては1.9%と非常に低い水準となっています。今後上限アップを実施すると回答した市町村を含めても3.1%にすぎません。
報酬単価の弾力化が低調に終わっている理由には、「引き上げを行うと利用者負担が増える」や「請求事務が煩雑」などが挙げられています。そもそも財政不安を抱えている市町村も多いため、自主判断で上限をアップするのは難しいのかもしれません。
いずれにしても弾力化を認めた改正が、総合事業を充実させる有効な手段になっているとは言いがたい状況であるのは確かです。
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そもそも総合事業は介護にかかる費用を抑制するために生まれた経緯もあり、国や市町村が自らの負担を増やして拡充するのは本末転倒だと言えます。
とはいえ、総合事業にもメリットはあります。そのひとつが地域による包括支援を促進する効果です。
奈良県生駒市では、積極的に総合事業の周知活動を行い、総合事業を行う事業所の拡大に努めています。たとえば、2015年時点では「通所型サービスA」を行う事業者はゼロでしたが、2018年には市内で5ヵ所にまで増やすことに成功しました。
同市では、介護の専門家が集まる地域ケア会議で個別の事例に対して、総合事業を提供する対象者の検討を熟慮しています。そのうえで対象者を決定して、自立支援につながる総合事業サービスを効率的に提供しているのです。
また、地域内で要介護認定を受けていないものの、生活機能が低下している75歳以上の高齢者を把握する事業を独自に実施。
その事業では、高齢者にアンケートなどを送付し、特に未返送の対象者について地域包括支援センターが追加で実態把握を行うなど手厚い支援を行っています。
未返送者は、セルフネグレクト(※)や認知症などをすでに発症しているリスクの高い高齢者が多く含まれているため、早期に発見するための創意工夫だと言えるでしょう。
※生活環境や栄養状態が悪化しているのに、改善しようという気力を失っている状態
こうした地道な取り組みが実を結び、総合事業を利用した約7割の方が介護保険給付の対象から外れるなどして、一般介護予防事業やセルフケアへ移行しています。
さらに市内でのボランティアの育成にも力を入れており、総合事業のメリットを最大限に活用すべく拡充を図っています。
総合事業の根本的な課題は、報酬単価の低さにあります。財政の苦しい市町村では積極的な投資が難しいという事情もあるでしょう。
国が弾力化を認めても、そもそも市町村に拡充を図る意識が薄ければ、事業がままならなくなるのも当然です。
一方で、生駒市のように効率化を図って、適切に総合事業を提供できれば、介護保険給付の対象者を減少させる効果も期待できます。要支援者や要介護者が減れば、その分だけ介護保険料の財政支出も減少できるので、介護保険料の抑制という本来の目的を達成することにもつながります。
地域内での総合事業が活発化すれば、担い手が増え、報酬単価を少しでも上げていくきっかけにもなります。
総合事業をどのように運用すればいいのか。生駒市のような好事例を積み重ね、理想的なモデルケースを増やしていくことが総合事業を拡充する第一歩になるのではないでしょうか。