日銀は破たんするか、キャピタルフライトは起きるか

マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、「日銀破綻(たん)」の可能性について解説していただきます。

3月上旬の米国のシリコンバレー銀行(SVB)の破たんをキッカケに世界的に金融不安が高まっています。そうしたなかで「日銀破綻(たん)」が一部で取り沙汰されているようです。そこで、日銀(日本銀行)が破たんする可能性について考察します。

結論から言うと、日銀破たんの可能性は限りなくゼロです。「限りなく」を付けたのは後述するような特殊な事例がありうるからです。また、日銀が破たんしないとしても、それは「日本が困ることはない」という意味ではありません。その点も後述します。

日銀が破たんしない理由は主に次の3つです。

日銀が「円」の返済に困ることはない
日銀は保有資産の含み損を計上する必要はない
日銀は政府の支援を受けられる

○日銀が「円」の返済に困ることはない

円建て負債に対して、日銀が返済に困ることはありません。それどころか、紙幣を印刷すれば良いので、他所から調達する必要も、保有資産を売却する必要もないでしょう。外貨の負債であれば、そうは行きません。しかし、日銀はFRB(米国の中央銀行)など主要な中央銀行とスワップ協定を結んでいるので、仮に外貨の負債があるとしても、その返済ができなくなることもないでしょう。

○日銀は保有資産の含み損を計上する必要はない

日銀は民間の金融機関と異なり、保有資産を時価評価する必要はありません。仮に、市場金利が上昇して保有国債に含み損が発生しても、当該国債を満期まで保有すれば含み損が実現損になることはありません(政府がちゃんと償還すれば、の話ですが)。それだけでなく、利率はわずかでも、日銀は巨額の保有資産からは相当の利息収入を得ています。2021年度の利息収入は1.1兆円でした。

日銀は政府の支援を受けられる
日銀は出資証券を発行しており(資本金1億円)、政府がその55%を保有しています。残り45%が民間保有です。仮に日銀が苦境に立たされたとしても、政府が日銀の出資証券を手放すことはないでしょうし、状況によっては追加出資に踏み切るかもしれません。

○特殊事例

政府が日銀を「破たん」させることはないでしょうか。例えば、政府の財政が一段と悪化し、日銀が国債を大量に購入し続けた結果、ハイパーインフレが起こる。保有国債に巨額の含み損を抱えた日銀を政府がいったん清算。デノミネーションを行って「シン円」を導入し、「シン日銀」に中央銀行の役割を与える……現時点では絵空事ですが、遠い将来に絶対起こらないと言い切れるでしょうか。
○日本経済・円の困窮

もっとも、上記のシナリオだと、日銀が「破たん」するか否かにかかわらず、ハイパーインフレが起きた段階で、株式、債券、円が暴落するトリプル安となり、日本経済は大きなダメージを受けるでしょう。他方、政府が財政健全化に向けて急激に舵を切れば(切らざるを得なくなれば)、大幅な増税や預金封鎖といった選択肢も遡上に上るかもしれません。
○キャピタルフライトは起きるか

久々に「キャピタルフライト」という言葉を聞きました。キャピタルフライトとは、ある国から資金が大量に脱出することです。キャピタルフライトの結果がトリプル安です。ただ、それは日本では一度も起こっていないとの反論もあるでしょう。

もっとも、円の実効レートは90年代半ば以降、ジリジリと下落してきました。少子高齢化による経済成長力の低下、財政の悪化、経常収支の悪化など、構造的な要因が背景です。そうした円安は、資金が日本の国外へしみ出ているという点で、キャピタルフライトが緩慢ながら着実に起こっている証左と考えることができるかもしれません。

○【余談】中央銀行の名称

「日銀が危ない」と囁かれるようになったのは、上述したように世界的に金融不安が強まったからです。そのなかで、「スイス銀行、ドイツ銀行と来て、次は日本銀行か」というトンデモナイ勘違い、あるいは敢えて誤解を招くようなストーリーが語られました。でも、なぜ日本だけ中央銀行が登場するのでしょうか。

「スイス銀行」は、クレディ・スイス(やそれを買収したUBS)という「スイスの銀行」という意味だろうし、スイスの中央銀行であれば、スイス国立銀行(SNB)のはずです。同様に、「ドイツ銀行」はDeutsche Bankという民間の銀行です。ドイツの中央銀行はドイツ連邦銀行(Deutsche Bundesbank)です。そもそも、ユーロ圏の金融を監督しているのはECB(欧州中央銀行)です。

なお、米国の中央銀行はやや複雑で、もちろんBank of Americaではありません。連邦準備制度(Federal Reserve System)というネットワークが中央銀行の役割を果たしています。ネットワークの中心がワシントンに本部のある理事会(Board of Governors*)で、日銀の政策委員会に該当します。日本では米国の中央銀行をFRBと呼びますが(米国ではFed)、これはFederal Reserve Boardの略称です。日銀の支店に相当するのが全米を12地区に分けて管轄する連邦準備銀行(Federal Reserve Banks)です。連邦準備銀行(地区連銀)の総裁も、金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)に参加しますが、地区連銀は形式的には独立した民間の銀行です。

*正式名称は、Board of Governors of the Federal Reserve System

西田明弘(マネースクエア) マネースクエア チーフエコノミスト。日興リサーチセンター、米ブルッキングス研究所、三菱UFJモルガン・スタンレー証券などを経て、2012年にマネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「ファンダメ・ポイント」 や「ウイークリーアウトルック」 などのレポートを配信する他、投資家のための動画配信サイト「M2TV」 でマーケットを解説。 この著者の記事一覧はこちら