「旅客機とヘリの空中衝突」システムで防げなかったの?→「ありましたよ」その内容と当日の状況

アメリカで旅客機と陸軍ヘリの空中衝突事故が発生しました。航空機には、こうした衝突を防ぐ装置はないのでしょうか。
2025年1月、アメリカの首都ワシントン近郊にあるレーガン・ナショナル空港の近くで着陸のために進入中のアメリカン航空グループの旅客機に、アメリカ陸軍のヘリコプターが衝突するという痛ましい事故が起きました。航空機には、こうした衝突を防ぐ装置はないのでしょうか。
「旅客機とヘリの空中衝突」システムで防げなかったの?→「あり…の画像はこちら >>水中から引き上げられたアメリカン陸軍ヘリの残骸(画像:NTSB)。
事故は空港からわずか700mの至近距離で発生しました。つまり、空中衝突が起きてしまった場所は空港の管制空域のなかで起きたことになります。このケースにおけるアメリカの空港管制圏は、一般的に空港から半径9km、高度900mまでの高度の範囲内の空域です。
管制官の仕事で一番重要なことが航空機同士の間隔を確保して衝突を防止することです。一方、航空機を操縦している機長も見張りを行うことで、他の航空機との衝突を防止する責任を負っています。
しかし今回は、空港のごく近い場所で衝突事故が起きてしまいました。管制官と両機の機長が責任を共有していた場所で衝突事故が起きてしまったことは、2024年1月に発生した羽田空港でJAL機と海保機が衝突した事故にも共通点があります。
航空機には衝突を未然に防ぐことを目的に、ふたつのシステムが実用化されています。
ひとつは「TCAS(ティーキャス)」と呼ばれる接近警報装置です。この装置はトランスポンダーモードS(以下モードS)と呼ばれる識別信号発信器からの信号に反応します。モードSを搭載した別の航空機が信号を発信しながら近づいてくるとパイロットに注意を促す装置です。
これをさらに進化させて自機の位置を緯度経度の座標情報を含んだ信号で周囲の他の航空機に発信するシステムが、「ADS-B」です。これらふたつのシステムは多くの国で採用されていて、欧州ではモードSを搭載していない航空機は混雑空域を飛ぶことが出来ません。さらに2020年からは総重量5.7t以上の全ての航空機にADS-Bの装備が義務付けられました。
FAA(アメリカ連邦航空局)でも2020年から、クラスBと呼ばれる管制空域に入るにはADS-Bの搭載が義務付けられました。これに先立ちADS-Bの普及を進めるため、2016年以来二度にわたり小型機にも1機当たり500ドルの補助金を出して同装置の設置を後押ししました。なお、日本ではモードSの導入は進んでいますが、ADS-Bは義務化されていません。
ICAO(国際民間航空機関)はADS-Bの技術的仕様が国際標準として認められた2003年、新たな安全確保の方法として各国に採用と普及を呼びかけました。ちなみに、日本はICAOの理事国であり職員と拠出金を出していますが、ADS-B普及への取り組みは諸外国には大きく遅れています。これでは理事国として相応しいのかどうか疑問です。
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アメリカン航空グループのCRJ700。衝突事故の当該機(画像:Colin Brown[CC BY〈https://qr.paps.jp/aqdrT〉])
さて、今回事故を起こした米軍の状況をみると、輸送機は全機にADS-Bとトランスポンダーが搭載されています。一方で、それ以外の機種のなかには、ADS-Bが搭載されていないものもあります。戦闘機などの作戦用航空機は、作戦中は当然自機の存在を秘匿するためADS-Bやトランスポンダーを使用しません。しかし訓練空域の外を飛行する場合はトランスポンダーを使用してTCASが反応する状態で飛行して安全を確保します。
さらに、編隊飛行を行う場合は、先頭の機体と最後尾の機体だけがトランスポンダーを”ON”にして飛行しますが、編隊の中間に挟まれて飛行するほかの機体はトランスポンダーを”OFF”にして飛行します。
つまり、TCASは先頭と最後部の2機以外には反応しません。そのため、軍用機の編隊が近くを飛行している場合、民間機はこの編隊飛行時のトランスポンダー使用方法を十分留意して飛行する必要があります。
今回のワシントンDCの事故については、「現段階の情報」と前置きしながら、NTSB(アメリカ国家輸送安全委員会)の委員長は先週、陸軍のヘリコプターに搭載されていたADS-Bが機能していなかった可能性があること、そしてヘリコプターのパイロットは暗視ゴーグル着用していた可能性があると発言しました。ともに事故の原因に大きな影響を及ぼす情報です。さらに、トランスポンダーは機能していたとつけ加えました。
過密な空域は世界中で増え続けています。この事故調査の進展は当分の間、世界の航空関係者が注視することになるでしょう。