メルセデス・ベンツのミニバン「Vクラス」シリーズが一新。まるで日本の新型「アルファード/ヴェルファイア」に挑戦状を叩きつけているかのようです。ここからアル・ヴェルの置かれた相当厳しい立場も見えてきます。
ついに、ラグジュアリーミニバンの日欧対決が本格化する予感……。思わずブルブルと身震いさせられたのが、2023年7月27日にドイツ本国で発表された、メルセデス・ベンツ Vクラスのあまりの迫力です。トップグレードとして「エクスクルーシブ」を新設定した新型Vクラスに加え、BEV(バッテリーEV)となるEQV、商用モデルとなるVito(ヴィトー)とe-Vito、キャンパーのためのマルコポーロまで一気に発表するという、類まれなる力の入れようでした。
「ベンツのミニバン」の良い所って? 新型Vクラスの挑戦状 ア…の画像はこちら >>新型Vクラスシリーズ。中央がボンネットマスコットのついたトップグレードのエクスクルーシブ(画像:メルセデス・ベンツ)。
今なぜ、メルセデス・ベンツはこんなにもミニバンに注力するのでしょうか。その理由を考えてみます。
そもそもVクラスは、商用モデルであるヴィトーの乗用車版として、日本では初代が1998年から販売開始されました。2代目モデルは名前をViano(ビアノ)とあらため、2003年に導入。当時のメルセデス・ベンツのデザイントレンドであった、アーモンド型のヘッドライトを取り入れているものの、威圧的な雰囲気はなく、商用車がルーツであることをあまり隠そうともせず、あくまで多人数で乗れること、荷物がたくさん積めることが取り柄と言わんばかりの、ビジネスライクなキャラクターでした。
それが少しずつ変わってきたのは、マイナーチェンジを機に再びVクラスと名乗りはじめた2006年以降。社長デスクの椅子のようにカッチリとしたレザーシートで、2列目シートをくるりと回転させて、応接室のように対座ができるシートアレンジなどは、同じビジネスシーンでもブルーカラーではなくホワイトカラーを見込んだ印象でした。
2010年代にドイツの国際試乗会に参加した際には、空港からホテルまで、ビシッとスーツで決めたスタッフが漆黒のVクラスで送迎をしてくれ、あまりのフォーマルな雰囲気に背筋がピッと伸びたことを覚えています。
とはいえ、日本は世界有数のミニバン大国で、ミニバンはファミリーカーというイメージでしたから、当時はまだ「どうしてわざわざメルセデス・ベンツのミニバンを買うの?」と、あまりピンとこない人がほとんどだったと思います。
国産ミニバンには電動調整機能付きの2列目シートやサンシェード、テーブルといった至れり尽くせりの装備があり、価格にしても、まだアルファードが300万円台から買えた時代に、Vクラスは500万円前後。購入するメリットが感じられない人が多いのも無理はない状況でした。
それが大きく変わったのは、2014年(日本では2015年)に3代目Vクラスが登場してからです。フロントマスクは、左右にドッシリと張り出すようなデザインが与えられてグッと迫力を増し、アルミホイールのデザインもラグジュアリーに一新。LEDヘッドライトで先進的な印象も加わり、ようやくメルセデス・ベンツらしい威厳を手にした雰囲気が強まっていました。
そこに食いついたのが、どんどんオラオラ系のデカグリル化していったアルファード/ヴェルファイアのデザインがどうしても好きになれない、でもラグジュアリーミニバンに乗りたいという一部の人たちです。実は我が家もその一部で、2016年にVクラスを購入しました。
理由はデザインだけでなく、年間3万km以上のロングドライブが多かったため、長距離走行の燃費に優れるクリーンディーゼルが欲しかったこと。高速走行時の剛性感や安定性、横風対策がずば抜けていたのがVクラスだったこと。そして当時、全車速追従機能付きACCを採用していたLサイズミニバンは、Vクラスのみだったこと。これらが購入の決め手になりました。
ただ、日産エルグランドからの乗り換えだったため、最初はあまりの快適装備の手薄さにガッカリしたことも事実です。国産ミニバンでは当たり前だったキーレスエントリーがなく、いちいちキーを取り出してドア開閉をしなくてはならなかったり、2列目の窓ははめ殺しで開けられず、ロールサンシェードもついていないので、カー用品店でわざわざ買い足さなければならなかったり。
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2014年に登場した3代目 Vクラスの内装(画像:メルセデス・ベンツ)。
いちばんガッカリしたのはシートアレンジで、とくに3列目シートが取り外し式というのが致命的。安全性を優先しているとはいえ、1脚30kg以上もあったため、一度取り外しに挑戦した夫はギックリ腰になり、それ以来3列目シートが外されることはなくなりました。
でも、そんな不満はロングドライブへ出かけると一気に吹き飛び、どんなに長時間走っても疲れにくく、大切な家族を乗せて安心して九州や東北まで走り回れたのは、Vクラスにしてよかったと感じた部分です。この良さは、もっと日本でも評価されてしかるべきだと思いますが、なにぶん、日本人の年間走行距離の平均は6727km(ソニー損保調べ)だと言われていますので、それよりももっと外観のゴージャス感や、快適装備を充実させた方が好まれるということなのでしょう。
そこで今回の新型Vクラスか、という流れになるのです。フロントマスクは、大型のスリーポインテッドスターが鎮座し、ジュエリーのように小さなスリーポインテッドスター散りばめられたグリルは、Sクラスにも通じる威厳と華やかさ。そしてトップグレードのエクスクルーシブには、今ではマイバッハなど一部の超プレミアムモデルにしか採用されない、ボンネットマスコット(フードマスコット)がつき、格の高さを表しています。
もちろん、インテリアも一気に先進的かつゴージャス化しており、とくに車中泊向けのモデルとなるマルコポーロになると、その豪華さは一目瞭然。ミニキッチンや折り畳みの大きなテーブルがキャビンに備わり、ポップアップテントでベッドルームが独立。これはまるで、陸を走るクルーザー!? とうっとりしてしまうほどです。
ただし、こうしたVクラスのゴージャス化は、なにも日本市場でアルファードに対抗するため、というだけではなさそう。というのは、近年中国でVIP層向けの新型ミニバンが続々と登場しており、中国で不動の人気を手にしていたアルファードさえも、うかうかしていられない状況となっているのです。
しかも、中国のBYDとダイムラーの合弁会社「デンザ」が発表したラグジュアリーミニバンのD9をはじめとして、新型ミニバンの多くはBEVで、床下にバッテリーを敷き詰めて低重心化しつつ室内空間も広くとれるので、走りも快適性も両立しているとのもっぱらの評判。また、タイでも以前から、VIP層がアルファードハイブリッドを社用車として好むなど、アジア諸国がこのミニバン争いの格好のステージとなる可能性も大。となれば、Vクラスが「我こそがアルファードを倒そうぞ」と、真打ちとしてそこに突入しようとしているのも納得です。
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デンザD9。アルファードにかなり似ている(画像:デンザ)。
新型Vクラスが日本にやってくる時期は未定ですが、いよいよ底力を発揮してきた本当のVクラスの魅力を、思う存分堪能してみたいと今から楽しみで仕方ないのです。日本でも、VIPの多くがクラウンやセンチュリーではなくアルファードを選ぶようになった時代。EクラスやSクラス、はたまたGクラスからVクラスに鞍替えする人も、きっと多いのではないかと予想しています。