介護職の特定処遇改善加算、3割の事業所が算定せず。その理由とは?

2023年6月16日、第37回社会保障審議会介護給付費分科会「介護事業経営調査委員会」がオンラインにて開催。そこで介護職員の「令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果のポイント(案)」の資料が提示されました。
この「介護従事者処遇状況等調査」とは、介護施設・事業所が介護職員の給与アップにつながる介護報酬の加算をどのくらい取得しているかを調べる調査のことです。加算は申請すれば取得できるわけではなく、取得するためには賃金体系の整備や職場環境の改善など、各種要件を満たす必要があります。「介護職の待遇をもっと良くすべき」と指摘されるようになって久しいですが、その実態を調べるための一環として毎年行われている調査です。
そしてこの調査結果によると、2022年12月時点において、ベテラン介護職員の給与額をアップさせる「介護職員等特定処遇改善加算」を取得している介護事業所は、約75%にとどまっていることが分かりました。約3割の事業所が、取得していなかったのです。
「介護職員等特定処遇改善加算」以外の待遇アップの加算算定率は、軒並み高め。「介護職員等ベースアップ等支援加算」は91.3%、「介護職員処遇改善支援補助金」は88.7%、「介護職員処遇改善加算」は94.5%でした。介護施設・事業所としては、職員の待遇を良くすることは人材確保にもつながるため、こうした高い取得率は当然のこととも言えます。
しかし、このように9割が当然の算定率の中、特定処遇改善加算だけが7割台だったわけです。なぜこの加算だけ取得割合が低いのでしょうか。
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待遇アップにつながる加算を取得することで、おおむね職員の基本給は1万円ほど上昇していることが「令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果のポイント(案)」で明らかにされています。
これら「介護職員処遇改善支援補助金」、「介護職員等ベースアップ等支援加算」は、コロナ禍の中で職員の待遇を悪くしないように、2021年以降に新設されたものです。「令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果のポイント(案)」も、この新設された加算の取得状況を把握することがその主目的とも言えます。そして先述の通り、9割近くもの介護施設・事業所がこれら加算を取得していました。
そんな中で付随して調査されたのが、2019年10月に導入された「特定処遇改善加算」でした。この加算の算定率が、新設された加算よりも20ポイント近くも低かったわけです。
算定した場合の給与アップ額までは今回の調査結果で数値化されていませんが、「特定処遇改善加算」をもし算定すれば、賃金アップにつながるとは推測されます。
特定処遇改善加算は2019年10月に新設された加算で、その特徴は一言で言えば、「経験・技能を持つ介護職員の処遇改善」にあります。具体的には「勤続10年以上の介護福祉士の賃金を月8万円アップもしくは年収440万円以上にする」という内容です。
特定処遇改善加算の算定要件は、次の3点です。
③については、2020年から算定要件に追加されています。そして①については、厚生労働省の「令和2年度(2020年度)介護従事者処遇状況等調査結果のポイント(案)」によると、2019年時点で従来の処遇改善加算Ⅰ~Ⅲの取得率は93.5%。かなり高めです。そのため「従来型の処遇改善加算が取得できないから、その拡大版である特定処遇改善加算が取得できない」というわけではないと言えます。
ベテラン介護職員の待遇アップを目指して2019年10月に導入された特定処遇改善加算ですが、導入当初から算定率が低めでした。
導入半年後の2020年3月に実施された厚生労働省の調査では、特定処遇改善加算の介護施設・事業所全体での算定率は59.4%。訪問介護47.3%、特養84.0%、老健75.0%、特定施設76.6%、通所介護59.0%。施設系は算定率が高めで、訪問介護・通所介護といった在宅系が低めになる傾向があります。
算定率は低めではあるものの、実際に算定すれば給与アップにはつながっていました。2020年2月時点の介護職の平均給与額を見ると、特定処遇改善加算を取得した事業所は未取得の事業所よりも約9,000円高くなっていました。賃金アップの効果はあるわけです。「算定を実現しても給与アップできない」というわけではないと言えます。
では一体、なぜ特定処遇改善加算だけ取得率が低いのでしょうか。2年前に行われた「令和2年度(2020年度)介護従事者処遇状況等調査結果のポイント(案)」では、特定処遇改善加算の届け出を行わない理由を尋ねるアンケート調査結果(複数回答)が掲載されています。
それによると、「職種間の賃金バランスがとれなくなることが懸念」(38.8%)、「賃金改善の仕組みを設けるための事務作業が煩雑」(38.2%)、「介護職員間の賃金バランスがとれなくなることが懸念」(33.8)%、「計画書や実績報告書の作成が煩雑」(31.2%)などの回答が多く見られました。
つまり特定処遇改善加算の算定をしたくない理由としては、「賃金バランス」と「事務作業の煩雑さ」が大きなポイントであるわけです。
このうち「事務作業の煩雑さ」については、「令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果のポイント(案)」で調査された新設の「介護職員等ベースアップ等支援加算」「介護職員処遇改善支援補助金」の届け出を行わない理由でも上位となっています。「賃金改善の仕組みを設けるための事務作業が煩雑」「計画書や実績報告書の作成が煩雑」が3~4割の回答を得ていました。事務作業が大変であるのは、介護職員の給与アップを図るための加算に共通した問題点となっていると言えます。
ところが特定処遇改善加算の場合、事務作業の煩雑さに加えて、「賃金バランス」も大きな要因として挙がっています。これは「介護職員等ベースアップ等支援加算」「介護職員処遇改善支援補助金」の届け出を行わない理由として上位にはありません。ベテラン介護職の待遇アップを目的とする「特定処遇改善加算」において特徴的に見られる要因となっています。
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特定処遇改善加算は、あくまでベテランの介護職員の待遇改善を目指したもの。ベテランの介護職員の待遇は改善されるものの、それ以外の職員は適用外です。また介護福祉士の資格も必須とされ、下位の資格である実務者研修、介護職員初任者研修しか保有していない場合、待遇アップ対象外です。
そのため特定処遇改善加算を取得すると、施設・事業所内で取り組んでいる業務内容に大差がなくても、ベテラン・有資格という理由だけで給与アップが実現されます。そうなると、「やっていることは同じなのに・・・」と、給与アップとならない若手の職員には不公平感がどうしても募るでしょう。
また特定処遇改善加算は、あくまで現場の介護職員だけの待遇改善を目的としていて、経理など事務スタッフの給与アップのためには使えません。加算取得によって、主任ケアマネの給与額が、介護福祉士よりも低くなる、というケースも生じました。つまり、特定処遇改善加算は確かにベテラン介護職の待遇こそ上げられるものの、スタッフに不平不満を生じさせる要因にもなりかねないわけです。
特定処遇改善加算の算定率は2020年時点では5~6割程度だったので、冒頭で紹介した「2022年の調査で算定率75%」という数値は、2年前よりも増えているとは評価できます。しかし他の待遇アップ関連の加算に比べると、取得率がずば抜けて低いのも事実です。
取得率を上げるためには、「ベテラン介護職員のみ」といった要件を緩和していくことも必要かもしれません。あるいは、他の待遇アップ策をさらに導入して、特定処遇改善加算の加算率低迷を補っていくという方法もあるでしょう。
今回は、算定率が低めの特定処遇改善加算に注目してきました。同加算の算定率は今後どのような動きを見せるのか、引き続き注目していきたいです。